1、あてにならない運び手さん

 あてにならない運び手さん。この小さな町でそう呼ばれているのは、マノという少女である。

 この世界に生まれたものは、なにかしら「贈り物のちから」を持って生まれて来る。ひとつのものも居る。たくさん持つものも居る。釣りがうまい、というものも居るし、薬指を光らせることができる、というものも居る。

 当人が必要かどうかに関わらず、この世界に当たり前のようにそれはある。たいてい便利で生きていくのに支障はないものだから、贈り物のちからと呼ばれる。

 ところでマノである。

 手の中に声を包んで運べるが、途中で手を開いてしまうと少しずつ言葉が欠けていく、という「贈り物」を持っている。容姿を言えば、夕焼け雲と夕なずむ空のあいだのような色の髪と、繊細と言っていい顔立ちも持っている。微笑むと朝露に宿ったひとつぶの光のようである。

 と、マノを溺愛している父親は事あるごとに言っているから書いておく。

 マノはこれに多少迷惑しているが、とは言え、父親の力強い後押しが見劣りしないほどの少女ではある。今年の春で15

 になった。

 そういうマノである。

 マノの家は宿屋を営んでいる。小さな町だが海が近く街道が通っていて、旅人も多い。だから普段、マノは宿屋の手伝いをしている。

 あてにならない運び手とは何か。

 冒頭から引きずっておいて、まだ聞いていないだろう、ただ予想は出来ると思う。マノは贈り物のちからで伝言を頼まれることが多いのである。

「マノ」

「ナダ」

 マノが食堂の掃除をしていると、ナダという少年がやってきた。年の頃はマノと同じ。少年らしくやせっぽっちで背が高く、きらきらと輝く短い銀髪のせいで綿毛を宿す花のように見える。

「頼みが」

「むりです」

 おそらく伝言であろう、だがマノは掃除をしなくてはならない。前述の通りマノは伝言を受け取ると両手をぎゅっと握っていなければならず、掃除はできない。

 ただナダとしても、中身を聞かずにむげに断られると腹がたつ。

「聞いてから返事してもいいだろ」

「今日は何軒かお客さんが来るから、むりです」

 むりですを一言ずつ区切ってむ、り、で、す、と発音して、マノはつぶやく。

「だって字で書けば済むでしょ」

「声じゃないとだめなんだよ、これが」

「告白のかわりなんて嫌だってば」

 そう、マノのところにくる案件はたいてい……「恋愛感情を告白する代行」。見知らぬ人のところに連れていかれ、見知らぬ人への告白を受ける。いや、実際はマノへの告白では無く受け取って運ぶだけなのだが、なんというか、マノの気持ちがつらいのだ。

「今回だけ! ユールが困ってるから、今回だけ頼む! 」

「ユールなの?」

 ユールとは、二人の友達である。口数が少ない男の子で、15になった今さえ、男の子と言って差し支えない容姿をしている。

「……明日でもいいの?」

「たぶん」

「頼りにならない伝言係ね」

 マノがため息をついた。

「マノより正確な伝言なんて、誰にも無理だよ」

 ナダが笑う。笑顔がいい少年である。

「急にほめても」

 マノが息をつく。

「わたし、あてにならない運び手さん、って呼ばれているけどね」

「手を開いちゃうと言葉が逃げるっていうのが不便だよなあ」

 まあね、贈り物だから。とマノが言って、少しだけナダの顔がくもって、

「さあ、掃除をしてしまうから退いて。ナダいま暇なの? 花びんが花の間にあるんだけど」

「それくらいは手伝いますよ、いくつ?」

 これはあてにならない運び手さん、の、忘れられないお届け物のはなし。

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