代理告白

しきみ彰

第1話

 瑠璃は誰にでも愛される双子の妹。

 そして由紀は、その妹の存在感のせいでかき消された双子の姉だった。


 顔は瓜二つだったが、性格はまるで違ったのだ。


 明るく愛嬌のある瑠璃は成績も優秀で、なんでもこなしてみせた。

 一方の由紀は物静かでおとなしく、いつも一歩後ろを行くような娘だったのだ。


 しかし本質は違った。


 由紀は、瑠璃の奴隷だった。


 瑠璃が苦手な科目のテストのときは、彼女と入れ替わり答案を書いた。

 瑠璃ができないとき、すべて由紀が変わってやっていた。

 命令された当初は嫌がったが、瑠璃は狡猾だった。明るく人付き合いが上手い妹は、両親や友人たちをすぐに味方につけて、由紀を悪者にした。気がつけば彼女の周りには、助けてくれる者などいなくなっていたのだ。


 それから由紀は、瑠璃の奴隷。


 そして今回瑠璃が命令したことは、瑠璃に変わって告白をして来い、というものだった。



 ***



 由紀は、瑠璃らしく行動するように努めながら、瑠璃の想い人の来訪を待っていた。しかし心臓が高鳴り、落ち着かない。それと同時に、涙が出てきそうになった。


(まさか瑠璃も、雪村君のことが好きだったなんて)


 本当に笑えない。笑えなさすぎて、渇いた咳が出た。

 呼び出したのは校舎裏だ。今は冬休み前最後の登校日で、多くの生徒が帰ってしまっていた。

 来るかどうかも分からない相手を待つのは、胸が痛い。しかし彼は来るだろう。だって呼び出し相手は、学校一の人気者の瑠璃なのだから。


 由紀は手をすり合わせ、マフラーに顔を埋めた。瑠璃のフリをしているため、短いスカートは覚束ない。冬場であることもあり、足先から寒気が上ってくるようだった。普段タイツを履いているのも理由のひとつだろう。

 冬の風は冷たく、両腕組んで肩をすぼめるも、寒さはなくならない。むしろ違った意味で寒気がしてきた。


 今回告白する相手は、瑠璃の想い人であり由紀の想い人でもある、雪村|蒼二(そうし)だった。

 成績も優秀で運動もでき、バスケ部のエースでもある彼は、女子たちからの視線を一身に浴びていた。金持ちが集まるこの高校においても地位が高く、雪村グループの天才御曹司としてマスコミにも取り上げられている。しかし何故か婚約者がおらず、こうして女子たちから告白されることが山ほどあるのだ。


 由紀が彼のことを好きになったのは、あらゆる権力者たちが集うパーティーでのことだった。


 それを思い出し、由紀は目を瞬かせる。おそらく瑠璃は、彼女のその気持ちを見越して告白を押し付けてきたのだろう。成功すれば、瑠璃の名が上がり、さらには婚約者という立場にまでのぼれるかもしれない。代わりに由紀の心を徹底的にへし折って。


 今にもこぼれそうな涙をどうにかして堪えると、ざ、という足音が聞こえてきた。

 顔を上げれば、そこには黒髪長身の男、蒼二がいる。

 由紀は明るい笑顔を浮かべた。


「ごめんねぇ、蒼二くん。こんなとこに呼び出しちゃって」

「……別に構わないよ。ところで何の用かな」


 瑠璃の口調を真似すると、語尾が妙に長くなる。由紀がそれを真似できるようになるまで、かなり特訓した覚えがあった。蒼二が気付いているふうもない。由紀はそのことに安堵し、同時に胸を掻き毟りたくなるほどの衝撃に駆られた。


 しかし由紀は、自分の気持ちを押し殺すのが得意だ。表面上は笑顔で蒼二を見た由紀は、昨日から練習していた言葉を言う。


「瑠璃ね、蒼二くんのことが好きなんだ。だから瑠璃と付き合って?」


 へらりと浮かべた笑みはしかし、蒼二には通じなかった。彼は怪訝な顔を隠そうともせず、由紀の元に一歩近寄る。

 由紀は焦った。しかし後ろにあるのは校舎の壁だ。動きようもない。ずるずる後ろに追いやられる形になった由紀は、蒼二の顔が苛立ちで歪んでいるのを見て青ざめた。


(もしかして……ば、れた?)


 そんな馬鹿な、と由紀は思う。両親ですら、顔だけなら見分けがつかないのだ。

 なけなしの瑠璃スマイルだけはなんとか維持したものの、由紀の頭はごちゃ混ぜになる。


(どうしたらいい? どうしたらっ……)


 その隙に蒼二は、由紀の頬をつねった。


「ねぇ、由紀。どうして君はそんな、気持ち悪い喋り方をしているんだい? あのクズ女に告白して来いって言われたのかな? あーほんとに気持ち悪い」


 由紀はぽかーんとした。

 しかし我にかえると、蒼二の口からこぼれた言葉を咀嚼し始める。

 その間にも蒼二は、由紀の頬を優しくつねる。


「ああ、だから由紀はそんな足を出した格好をしてるのか。寒くない? 大丈夫?」

「え、あ……な、んで……」

「なんでって、もしかして由紀のことを見分けたこと? そんなの決まってるだろう? 俺が由紀とあの性悪女を見間違えるはずないからだよ」

「で、でも、両親ですら分からないのに……!」

「君のところはつくづく、由紀を除け者にするよね。本当に気持ち悪い」


 吐き捨てるように言った蒼二は舌打ちをして、由紀のことを抱き締める。由紀の頭はとうとうパンクした。


(こ、こ、これって、どういうことなの……!?)


 蒼二は由紀と瑠璃のことが見分けられて。尚且つ瑠璃が嫌い。それは分かる。

 しかし抱き締められる理由が一向に分からない。由紀は混乱した頭で、冷静に考えることを努力した。


(つまりそれって……わたしのことが、好き?)


 自惚れるつもりはない。しかし、この対応と仕草を見ていると、そう勘違いせざる得ないのだ。

 みるみるうちに顔を真っ赤に染めていく由紀を見て、蒼二は笑みを浮かべる。


「由紀、やっと気付いたのかい? 俺の婚約者は、十歳の時から君だって決まってたのに」

「は、えっ?」

「昔会ったこと、あるだろう? そのときに君と俺は、将来結婚することを誓ったんだけど」

「け、けけけ、結婚!?」


 由紀は自身がずっと心の支えにしてきた、蒼二が言うところの十歳のパーティーの日のことを思い返していた。

 確かに、由紀と蒼二はそこで初めて出会った。そして由紀は束の間、蒼二と言葉を交わしたのだ。


『由紀って、綺麗な名前だね。僕、好きだな』


 その言葉があったからこそ、由紀は自身の名前を誇りに思って過ごしていた。それだけが由紀の、唯一の救いだったのだ。

 しかし残念なことに、この後からの記憶が乏しい。

 ぐるぐると頭の中を巡らせていた由紀に、蒼二は苦笑した。


「まぁ確かに由紀はそのとき、フルーツポンチの隠し味に使われていたリキュールのせいで酔っていたけど」

「だ、だから、記憶が……」

「でも、俺は確かに君に誓ったよ? 君もそれを了承したし、俺はお祖父様のところにまで行って、それを誓った。うちの家は昔から恋愛結婚が推奨されるからね。直ぐに許してくれたよ。むしろ俺の手綱を握ってくれそうなのが見つかって、良かったって泣いてたかな」

「……た、手綱?」


 由紀はぽかーんとした。本日二度目だ。

 しかし頑張って思い出していくうちに、何やらそんな記憶があったような気がする。


(あ、あれ……わたし、何したんだっけ……?)


 由紀は内心、冷や汗が止まらなくなった。

 すると笑顔の蒼二が、由紀の頭を撫でながら言う。


「雪村家の人間は好きな人ができると、その人を縛り付けたくなるんだよ。囲って、自分だけのものにしたくなる。だから結婚するなら、手綱を握れるような人って決まってるんだ。その点においては由紀は大丈夫だろう? なんせ俺に向かって真顔で毒舌吐いたんだからさ?」

「……そんなことが、あったようななかったような……」


(というかいまさらだけどわたし。酔う前と酔った後の差異酷くない!?)


 何をしているんだろう、本当に。

 由紀は切れたら、真顔で説教を始めるタイプの人間だった。おそらくそれは、今までの生活も関係しているのだろう。幼少期から両親や妹に蔑まれ、学校では孤立。不満が溜まらないはずがない。

 しかし強靭な理性で無意識に自制していた由紀は、理性というストッパーがなくなると正論で相手を叩きのめすのだ。


 ヤンデレな蒼二を止めるには、これくらいの相手がいいのだろう。


 そう蒼二の祖父が思ったのも、仕方のないことかもしれない。


 思わず顔を青ざめさせた由紀に、蒼二は笑う。そして額にキスをした。

 そして笑んだまま、空恐ろしいことをぽろぽろとこぼし始める。


「本当はね、あのクズ女が由紀のことをこき下ろしてるっていうのを聞いたとき、顔同じなくせに中身気持ち悪いなー社会的に抹殺しちゃおうかなーとか思ってたんだけど、そしたら由紀にも迷惑かかるなーと思ってやめといたんだ。あ、でも安心して? あの女が社会に出るときに、俺が全ての悪事をばらまいて追い込むつもりだから。両親共々ね」

「え、ゆ、雪村くん……? それはやめたほうがいい気が……」

「え? どうしてだい? 由紀にこれだけ迷惑かけておいて、自分だけは助かるなんて虫が良すぎるだろう? あーそっか由紀は優しいから、あんなクズな奴らでも守りたくなっちゃうんだ。かわいいなー俺の由紀。でもさ、そう言う優しさを見せるのは、俺にだけでいいからね?」

「いや、そういうのじゃなく……」

「じゃあ何? 由紀は俺以外に好きな男がいるのかい? そんなの認めないよっ? 由紀は俺だけの由紀だからね誰にだって渡さない」


 由紀はぷるぷると震える拳を振り上げ、顔から笑みを引き剥がす。

 そして絶対零度の声で、一言つぶやいた。


「人の話聞きましょうね、蒼二さん」


 その一言を皮切りに、無表情で説教を始めた由紀に、蒼二は満面の笑みで応じたのだという。



 ***



 それから卒業までの間、由紀は蒼二とともに自身の汚名を返上し、瑠璃の名をどん底にまで落とす。ついでと言わんばかりに自身の家系も没落させ、しかし自身はそれから逃れるために他家に取り入り養子にまでなった。そのため由紀は名実共に、悪女と呼ばれるようになったのだ。


 しかし実際は、蒼二が瑠璃に対してさらに悲惨なことを考えていたのを止めるために先に手を出したのだ。両親に関しては仕方がない。不正をやっていたのだから。そのキッカケが蒼二が調べ上げた情報だとしても、由紀はもう何も言えない。


 されどそうなれば由紀もともに没落するはずなのだが、由紀はその前に別の名門家に養子にさせられた。こちらも蒼二の仕業である。

 因みに名門家は、雪村家に繋がりのある家系で、雪村家の男の執着っぷりをよく理解していた。そのため由紀はかなり同情されて養子になったというのは、今となってはどうでもいいことである。


「ねぇ、由紀。やっぱり監禁していいかい? 君のことを誰にも見せたくない」

「蒼二さんうるさい黙って」

「……由紀のケチ」

「あとで好きなだけ、蒼二さんの食べたいもの作ってあげる。楽器も弾くし、いくらベタベタしたって構わないから、今日は我慢して」

「由紀、大好き! やっぱり俺だけが愛でられるように、大きな部屋作ろうかな」

「そんなことに金を使わないの。無駄の極みよ」

「えー? 有意義だと思うんだけど」

「蒼二さん以外なんか眼中に入ってないよ、もともと。だって初恋の相手だもの」

「……え、今の話、聞いたことないよ!? 詳しく言って!!」

「はいはい終わったらね」


 そしてこんな会話が、結婚式での控え室で行われていたということを。

 他の誰も、知る由もないであろう。

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