酸ヶ湯温泉にて

 酸ヶ湯温泉は八甲田山麓にある。古く見た目にも頑丈な建物である。冬は6m以上の雪が積もというが、その備えであろう。ただ冬場もこの温泉宿までは除雪をされ営業していると言う。近くに立ち寄った時には、ぜひ入るべきだという伝説的な温泉らしい。

 酸ヶ湯温泉は男女混浴だと触れ込みであった。しかし現実には男と女の風呂は壁で区切られている。硫黄の臭いのする湯煙の中に女の声は聞こえるが、今は壁があると言う訳である。しかし浴場奥は男女の風呂の間に壁はなく、立て札のみで仕切られている。女性専用の時間帯もあり、その時間帯は男性は入浴できないことになっているらしい。

 私が入ったのは男性が入れる時間帯であった。そのようなことを期待して入浴した訳ではない。どこにでもある水着着用の風呂だと思い、水着を用意したぐらいである。しかし券を買う際に水着は持ち込んでいけないと強く言われ、唖然としたぐらいである。面倒で落ち着いて温泉が楽しめるはずはないというのが正直な感想であった。きびすを返したかったが、数日、風呂に入っていないので、やむを得ず利用することになった。

 正直、町のスーパー銭湯の方が良い。しかも洗い場は別料金になっていた。

 30分ほどで飽きた。とりあえず浴場から出ようとした時である。

 女性が男湯と女湯の間の通路に露わな姿で立っているのである。

 目を疑った。まるで梅の古木に見えた。白髪であり高齢であることは間違いあるまい。

 眼鏡を外していたが、湯煙の中であるが胸の膨らみもある。腰も細く、体型は崩れていない。女陰の毛もある。堂々と全身を露わな姿で立っているのである。

 最初は老婦人が男湯の連れ合いを探しているのではと思ったが、その様子はない。

 自己の目を疑い、確認するように全裸の老婦人に視線が移った。

 数度、確認したが湯煙の中の幻ではない。老婦人にはエロスもなく、微動にしない古木のように同じ姿で立っているのである。

 現在の法律に照らし合わせれば、法律に抵触しかねない行為でなかろうかと疑っても見た。しかし男女混浴という文化伝承や男が女性の裸体をエロスや妄想を挟まず直視することは必要なことかも知れない。

 イスラムの国では湯気立つ浴場で幽霊を見るという。

 あるいは幽霊だったかも知れない。

 怪談として書き残しておく価値があるように思う。

 老婦人は、そのような意味で雇われた方かも知れない。あるいは仲居の仕事を受け持つ婦人たちが交代交代で受け持つ仕事かも知れない。これは、すべて小生の想像である。

 酸ヶ湯温泉は、一度は、体験しておいた方が良いと言う伝説に誘われて入浴したが、老齢にさしかかる高齢者はエロスと縁を切るために体験しても良いかも知れない。

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