大阪枚方にて、菊祭りの日に哀れな女性の訪問を請けし事

 枚方を野暮用で訪ねたことありき。菊を愛でつつ散策せるおりに予感したるが、深夜に異変は起これり。美しき菊がらの和服に身を包みし女が車を訪ねて来たり。口寄せを初めて多くを体験したるが女性は始めてなり。女性は幽霊に思いを後世に伝えしが、口寄せで伝える珍なることなり。しばらく扉を開けずにおるを女は去らず、むせび泣きぬ。仕方なく扉を開けたりしが、菊柄の豪華な衣装のボロ雑巾のごとくや痩せ色香の欠片すらなき青白き女なり。伝えたきことあるやと問うと頷き少女のごとくむせび泣きロシア人に嫁ぎし汝と同じ故郷の出の者なりと応えにけり。吾は青森の笹森儀助翁が書き残ししことを思い出しお菊さんという者かと問へり。女は頷けり。日清戦争の奄美大島の島司を果たし、日露戦争前にウラジオストックを探検した翁はかの地で大島出身の女キクに会い話を聞けりと短く伝えたり。その女に相違なし。菊と言う名前は特別なり。大島に蟄居せし西郷南州が得し娘にお菊と名付けたり。生まれし娘には名前だけは立派なものをと貧しき島人はこぞって娘に菊と付けたり。むせび泣きを止めず鼻を啜りながら女は語れり。島を出た後にこの淀川の水運盛んな宿場町に働きおりしが、仕送りをせんがためにロシア人の妻となれり。ロシア人の妻とはロシア人相手の娼婦という意味なり。仕送りのためと言え身を汚しし者なり。故郷も両親も汚れし吾が帰るを許さずと慟哭せり。父祖の地に帰りたしと慟哭せり。その言葉は確たるものかと問うと女は首を振れり。返事を恐るるあまり確認できぬのであろう。七夕の町にて出会いしことも縁なり故郷の両親の元に帰りたしと言う汝の願いは吾が伝え。そして実現せんとと約束せり。女は鼻を啜りながら闇に消えたり。

 心中、哀れな女性に引導を渡さんと繰り返したり。

 げに恐ろしきものは幽霊や妖怪にあらず。人の所行、人の世の仕組み。荒ぶる地球なりと痛感しつつ眠りたり。

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