萩にて日韓併合に進めし伊藤博文公、三浦梧楼の口寄せに失敗し、雷親父こと井上馨に怒鳴られたること


 最近、萩の博物館を訪れしおり韓国より訪れし観光客が吉田松陰先生や三浦梧楼なる人物、伊藤博文公爵の肖像写真の前で暴力的な発言や興奮することに恐怖を覚えるという職員の告白に深く疑問を感じ、心を痛めたり。

 一言で説明したると、この三者は日韓併合を推し進めた代表である故のことと聞き及び、吾も彼らがいかなる理由で日韓併合などと言う日本を大陸の泥沼、あるいは地獄に落とし込むような愚かな選択をしたか、口寄せにより本人たちから直に聞き取りたいと思い、図書館に籠もり霊力と神通力を高めるために図書を読みあさる日々を送りたり。

 数日後に、いよいよ日韓併合の謎を知るために日韓併合前後に朝鮮総督を務めし伊藤博文公と三浦梧楼子爵の二者から口寄せせんとし、行動を起こしたり。

 伊藤博文公を口寄せせんとする場所は未だ念の残るあの藁葺きの旧宅に地とせり。

 いつものとおり昼間のうちに周囲を観察せんと萩市内を流れる橋本川そして阿武川沿いを松蔭神社を目指し進み、松蔭神社より狭い路地を歩くこと数分で伊藤博文公が幼き頃に父母とともに身を寄せた藁葺き屋根の家に至りたり。

 百年を超える木造の民家なり、屋根の藁葺きは水を含み雨漏りをせぬかと不安を感じたり。黒ずむ外壁の壁板は腐食せんとするがごとく見えたり。

 深夜に再び貧宅を訪れ夜陰に紛れ侵入しトイレの裏手に広がる松の根元の石畳に腰を下ろし待たんと検討す。不法侵入にあらず。実際の身は屋敷の外の道路の木陰に置き、想像のみで伊藤公から口寄せを受けんとし、深夜、屋敷の前の路上に身をおきたりぬ。

 トイレの窓から漏れる明かりの周囲を飛び交う蛾の羽音、吹き抜ける風、揺れる松や桜の木の葉のみ。石畳の上に腰を下ろし、秘術を念じ続ける。黄泉の国から亡者を呼び寄せるために大切なことは、現世で人を呼び寄せる行為に似たり。相手の立場になりて欲することが条件なり。

 公爵の立場になり、考えたり。しかるに一向、魂魄が出現する様子あらず。

 とうとう得ることなく一晩を明かしたり。

 神通力が戻っていないやま知れずと不安を感じつつ、時に流れに沿い閔妃暗殺に関わりし三浦梧楼子爵の口寄せを先に試みんと萩市市内の萩城近くの生誕地にて、次の夜、同じ要領で口寄せを試みたるが、まったく反応なきまま、二夜を無駄に過ごせり。

 その後も図書館で資料を読みあさり神通力と霊力を高めつつ三浦梧楼なる人物と伊藤博文の口寄せを試み、交互に数日の夜、深夜の静寂の中で縁の地を徘徊したり。しかるにまったく反応なく、この行に身を染めて以来、始めて自信を失いかけたり。


 半ば、諦めたる頃である。

 午前中の小粒の雨も止み、昼からはがったが雲ひとつなき空なり。天気予報も晴れることを告げたり。

 満天に星が輝ける闇夜なり。

異変が起こりたるは深夜の頃なり。鋭い光に目を覚ましたり。あたかも稲妻の光を100倍にしたるがごとき光なり。青白き光なれど、最近、はやりの車のLEDライトのヘットライトの光でなきことも明らかなり。晴れた闇夜ながら稲妻なら雷鳴を続かぬ故におかしきことと用心をしつつ窓の外を眺めて待てり。

 もちろん寝入る前に結界を張れる故に、如何なる悪霊ともいえども車内への侵入は不可なり。

 異変は光が去り、しばらくして起きたり。

 窓ガラスに、ある人物の肖像が残れり。

 見覚えのある人物なり。図書館の資料で何度となく見た顔なり。

 井上馨と言う人物なり。かの人物の経歴は読者諸君も容易に知ることができるはずなり。幕末から行動を共にした伊藤博文侯爵の親友なり。ただ吾にとっては明治新政府において尾花沢銅山大疑獄事件で佐賀の江藤新平と相争う仲であり好ましく思えぬ人物なり。やはり長州の人なるが、閔妃暗殺事件の祭の外務大臣となり。日ロ戦争の頃には首相にと言う期待の声もありたるが、本人から断りし人物なり。ただ性癖は激しく雷親父と呼ばれたり。

 彼は険しい表情で、カーテンを開けしばらく車外をのぞき込み見たるが、声も音もなし。静寂は変わらず。彼の姿が消えるのを確認して、しばらくしてドアを開け、外の様子を伺いたるが、周囲の人家の家は寝静まりたり。自分以外に異変を観じたる者がなきことは明らかなり。

 

 その翌日の夜のことなり。やはり深夜のことなり。

 雷鳴のごとき暴力的な老人の声がしたり。

 何事やと思いつつも結界も解かず、鉄のドアも開けず、耳のみを済ましたる。

「伝えたきことあり、みずから現れたり」と窓ガラスも割れんがごとき大声で語りかけたり。

「まず井上や三浦など吾と親しき者に日韓併合について他意あるから説明を受けたしと言う者は汝か」と怒鳴りたり。

「吾なり」と返事を返しぬ。

「ならば応える。当時のかの国の様子は指導者たちは派閥闘争に明け暮れ、民は貧困の極みにあり。近代化も進まずロシアは我が物とし不凍港を得んと虎視眈々なり。かつ列国の勢力にロシアと日本と中国の間を行き交いするがごときなり。時に公使館要員も犠牲になる事例も後を絶たず苦慮し、併合の道を選択せざる得ぬ状況なり。故に我が国は朝鮮半島に多くの資本を投入し鉄道を敷き、産業を育成し、朝鮮半島の近代化を急ぎ、かの国が西欧諸国の支配下におかれ、人民が苦しき目に遭わぬがごとく手助けせんと欲したり」

「救える民なりと信じたりか」と吾は現在の朝鮮半島を姿を見て、疑問を発せり。

 その問いに応える結果かどうか不明なり。ただ偶然かも知れぬが、当時の日本人の善意の言葉を聞きたり。

「同じ黄色人種なり。いつかは彼ら全員が近代化に目覚めると信じたる結果なり。日韓併合後の韓国の人々の生活は向上したることは確実なり。ところが黄泉の国でも耳にすることは聞き捨てならぬ身勝手なことばかり。日本帝国主義が朝鮮半島の富を収奪した。朝鮮人を不幸にしたるがごとく主張もあるがごとく聞きたり。戦争に巻き込んだ。若い婦人を強制的に従軍慰安婦を仕立てた。強制連行し労働を強いた。我らの思いを踏みにじることばかり」

 この頃から声は怒鳴り声から囁き声に変わりたり。

「一切の同情を朝鮮半島に注がず日本は独自の道を歩めば、アメリカとも争わず戦争せずにすんだやも知れぬと反省しおり。取り返しの付かないことなれど、その道もあったやも知れぬ」と応えたり。戦争で日本本土、戦場に多くの男性を失い。都市は焼け野原に期し多くの婦女子も犠牲になりたり」

 ここまでは静寂の中に漂う、いつもの囁きなり。しかるに次の瞬間には怒鳴り声に変わりぬ。

「しかるに朝鮮は如何か。日本が資本を投じた都市は焼かれず工場も多く残りたり。日本が資金を投じた工場や都市を失いたるは同民族で戦いし朝鮮戦争なり。共産化された北朝鮮との戦争によるものなり。その朝鮮戦争で壊滅的な被害を受けた韓国を救いたるは日本からの多額の戦後賠償金なる払う必要もなき拠出であることも忘るべからず。一切、賠償金など支払う必要あらざる立場なり。遠い黄泉に国から立ち戻り言いたきことは、今後、日本はいたずらに大陸に関心を持たず、海と空に頼り防御戦を構築すべしと言うことのみ。世界も当時とは異なり。いたずらに孤立感を待たぬことなり」

 黄泉より戻り井上公の魂魄は自らの思いを雷鳴のようにまくし立て、消え去りぬ。

 実は井上公の声を聞きたる伊藤博文公に外の当時の有り様を聞かんと口寄せを試みて数年後のことなり、また不思議な稲妻より一年ほど後のことなり。初めての体験にて、吾も驚きたり。同時に黄泉の国と現世の距離のはるかさ実感したる体験なり。

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