吾が性に目覚めし時
卯辰山の木の葉を叩き雨が激しく降りぬ。
三陸沖を北上中の台風の影響なりしか風も吹きぬ。雨が止めば蝉が鳴きぬ。
金沢に滞在中に吾の提案に耳を傾ける方は多しことは嬉しい限りなり。もちろん入浴中の見知らぬ者との会話風景なり。ただ人の世において情報の伝達の早さを信ずるものなり。
年老いた親は子に話し、若き子は職場で話し、市中に広がらんことを期待するものなり。
金沢は不思議な土地風土だとも痛感せり。やはり古くから浄土真宗が深く根付きしせいなりやとも思う。古き町を歩き浄土真宗のならず前田家とともに入りし日蓮宗の寺が多きことにも驚けり。日本伝統文化なりし、お茶などに献ずる和菓子や仏閣に支える畳職人などが長く生き残りしことも驚嘆なり。樹齢数百年とも思える巨木が残りしことも驚嘆せり。
すべて先の戦禍を逃れたおかげなりしか。
吾と縁遠い土地でもなしことにも気付きぬ。
吾は最悪な状態で目覚めたり。室生犀星という国民的な詩人が書き残しし、「性に目覚めし時」という作品などとは比較できぬ最悪の目覚めでありし。孤独とその影響は今に至るまで続きし。人口問題という人類の存続に関わる救われぬ問題に目覚めし時なり。吾は救いを求めて多くの書物を読みあさりぬ。聖書、仏教書等々、理解できぬ本を読みあさりぬ。挙げ句のはてが哲学という学問に救いを求めて西田幾太郎なる学者を知り、本を読みにけり。
また仏教の中でも浄土真宗の親鸞に関心を深めしことも金沢と縁深きを感ずる。
むろん理解できぬ世界なりし。
人口問題は男女の問題にも関わりぬ。生死の問題にも関わりぬ。戦争や資源褐炭などあらゆる問題に関わりし問題なり。とても背負うこともできず解決することもできぬ問題に思いしが、吾は逃れることができず苦悩し続けたり。
原油褐炭を警告せし学者が存在せることも知れり。
吾が何故、このような絶望的な問題に関心を持ちにしか。自明なり。吾の出身地が絶海の離島なりしこと、おのずと人間が生存できる空間や土地、資源は有限なりしことを痛感せざる得にし。地球とて宇宙の中では、絶海の孤島と同じなり。
貧乏なりしこと、生活できずに離島を去らざる得にしことなり。
貧しき母に頼み、高価な本を買い読み続けぬ。
それが吾が目覚めし時なり。
もちろん初恋も体験せり。痛ましきものなり。
食わんがために職を得たり。最悪の選択なりし。しかるに無事に終えた今、最善の選択なりぬと今は思う。歌も歌えず絵も描けぬ吾なれば文学にて表現し、世に問わんと吾が思いし。しかるに文学界は凋落の道を辿り、吾など入り口にも到達せず。それから半世紀、危惧ししごとき、人類は滅びず存続せり。代わりに吾は年を取り、天寿が迫りつつあることを自覚するものなり。
ただ中国の東シナ海、南シナ海のみならず世界的な海洋進出と漁業資源乱獲は危惧せねばならぬことなり。毛沢東時代の人口爆発時代に生まれし毛沢東ベイビーを養うためと思えり。やがてインドが後を追いかけるやも知れぬ。インドの次はアフリカの国々が後をおいけるやも知れぬ。
吾は、そのような自己の人生を室生犀星に問わんと欲したり。
一つに共通点あると感じぬ。彼が23歳の頃に書きし、「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの よしや うらぶれて異土の乞食となるとても 帰るところにあるまじや ひとり都のゆふぐれに ふるさとおもひ涙ぐむ そのこころもて 遠きみやこにかへらばや 遠きみやこにかへらばや」という詩は吾が心の糧なり。
しかるに現れず。共通点一つのみでは無理なりしか。あまりに思想が異なりしせいなりしか。
諦めきれず、翌日も口寄せせんと試みぬ。
何のために小説を書きしかということを問わんと欲したる。
先述したるがごとく、昨今、文学界の凋落、甚だしく昔の面影なき世なり。現代の世には多くの娯楽もありし。吾の思い立ちしがごとく社会問題を世に問わんと欲するなら政治家に頼るが近道ならんと思いし。
何のための文学ぞ。
やはり、室生犀星は現れず。
吾は金沢を去り、北に向かわんと思う。
かって50年前に家族をあげて島を離れたる日のごとく、送る者と送られる者が互いに 紙テープの端を持ち、船が岸から離れ切れるのを永遠の別れと思うがごとき悲しみはなく、ただ淡々と金沢を離る。
ふるさとは遠きに思うもの・・・・という思いは強く残りぬ。
室生犀星なる作家と同じ思いなり。
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