金沢にて大久保利通公暗殺事件に関わりし者を口寄せよせしこと

 吾、窮屈な車にての長き旅にて身体の調子を乱したり。すなわち持病の腰痛に苦しみたり。しばし静養のために金沢市に滞在し湯治と運動により回復を図ることにせり。

 真夏の頃で暑さ厳しきおりなれど、朝、涼しきおりには木陰を捜して市内を歩き、夕刻には湯につかるという安穏な生活なり。かような暮らしを始めて一週間ほど経過したおりに、市内を歩きたるおり、まるで風が木の葉を乱すがごとき騒動を耳にせり。如何なる縁か想像もつかず不安に思いぬ。おそらく過去の暗い歴史に関わることならぬと思い定めて、解決の道を探るべく図書館に閉じこもり、金沢市なる北陸の都会の歴史を調べぬことを始めたり。江戸時代には金沢なる町は加賀100万石と称され江戸、京都、大阪に次ぎ繁栄を極めた町なり。闇の部分を擁したるや疑問と不安を抱きつつの調査なりし。

 戦国の世の有様、幕末の騒乱期の有様、戦時中の空襲被害など、人々が大混乱に陥りし時代の頃のことなどを中心に探りしが、他地域に比べて幸運にも平穏な時代を過ごせり。  浄土真宗の盛んな土地柄であり、中世の混乱期には真宗3代目の「蓮如上人」が吉崎という県南端地に避難され、中世の宗教都市を形成したことも特筆される。江戸時代においては前田家を藩主に頂き繁栄を極めたり。先の戦争においては空襲被害を受けることなく古き町並みが残り、街全体が緑深き美しき近代都市にして古の城下町の名残を多く残す街なり。

 ここまで書き続けて吾、途方にくれたり。

 胸騒ぎの正体を知らんと、特に強く胸騒ぎを覚える寺町周辺を徘徊せり。

 寺町とは兼六園や金沢城とは犀川を挟み、ほほ西側に位置し寺社を多く抱える金沢の名所の一つなりし。県道45号線沿いに寺社は並びぬが、県道45線の交通量の多さに辟易しつつ、図書館から出て正体を探らんと強い日射しの中を探索せり。

 かくなる時期に面白き記事に出会えり。

 この寺町は維新後の金沢の政治の中心地にして騒動の中心地なり。やがて自由民権運動の中心地にならん。何の予備知識もなきままには神通力も発揮できぬものなり。これは口寄せをする古の先人も同じなり。吾が先人たちに博学な者も多い理由なり。

 御維新後の金沢の歴史について調べたり。

 金沢に関係する者が維新後に起こした大事件に「大久保利通暗殺事件」があるを知る。 吾は胸騒ぎの正体に近付けりと思えり。そのような時にある郷土史家を知りあえり。急ぎ彼に尋ねたり。彼、すぐに答えたり。これこそ吾が待ち焦がれた真相なり。

 彼曰く。

「寺町のある寺に、『陸義猶(くがよしなお)』」という人物の碑ありしが、その人物の仕業なりしや」と。

 吾は事件に関係しぬ多くの人物について詳細を聞きたきしと思いしが、彼は多くは語りたがらず。やはり触れたくない気持ちがありしもと思いしが、実はさにあらず。多くは研究をせざられぬまま放置しおかれている由なり。

 ふたたび図書館に籠もりぬ。そして一冊の本に巡りあい、知識を蓄え、その日に備えぬ。 大久保利通の暗殺事件は多くの逸材を失いし西南戦争同様、近代史上の大事件なり国家的な悲劇なり。「陸義猶(くがよしなお)」なる人物を黄泉の国から呼び寄せ口寄せを試みる前に可能な範囲内でも事前調査をせんという思いなり。 注文書入手後、吾は「陸義猶(くがよしなお)」という人物の日の前に立り。薄暗き夕刻と言えども、寺の白壁を隔てて走る県道45号線を走る車の量は変わらず、周囲の林からの蝉の声もけたたまし。心の中で念じぬ。傍目には熱心な信者に見えぬ。しかるに我が心は挑戦状を黄泉の国に届けるがごとし。念じたる内容は公表を出来ぬ秘事なり。

 夕刻、雨が降りぬ。涼しきなり。外の涼しき風を車内に取り込むために吾は車の扉を開け、虫除けの網をかけて休むのが常なり。

 やはり深夜を過ぎて吾を訪ね来ぬ者あり。気配に目を覚ましぬ。 「陸義猶(くがよしなお)」と尋ねたり。

 彼以外に思い付かず。

 満月の下に立ち尽くす人物は、かすかに頷きぬ。

 月は煌々と天の頂上に輝きぬ。

 深夜とは言え、地上のあらゆる存在が、その月明かりの下で明瞭に確認できにし、しかるに声のする方向のみ、あたかも黒い影が存在せぬ。あたかも、その部分だけが闇夜のようなりし。

「伝えたきありし故に姿を現したにあらずや。おそらく吾が大久保利通に縁ある鹿児島より来たり故に吾に心を許したにあらずや」

 黒い影、かすかに頷けり。

「ならば信用し、利通公暗殺に至るすべてのことを話されよ」

「君知るや。御維新後の国内各地に騒乱を」と彼は我が胸に切り込みきぬ。

「斬奸書に書きしことか」 人物は頭を横に振り、告げぬ。

「否、まだまだ具体的なことなり。御維新に直接に関せぬ者たちが被った多くの者の騒動であり迷惑至極な出来事なり。我々は蚊帳の外に置かれ十年間、新政府に振り回される感あり。」 「いかなることや」

 維新後の十年間の日本国内の騒動は想像はできしが、彼の口から具体的に聞きたきし。「栄華は極めし、城下は前田の殿様が東京に移りし頃から、城を囲む武家屋敷にも空家が目立ち、やがて畑に変わる屋敷もありし。これまで城下では決して目にしなかった狢や蛇の類いも多く目にするようになれり。廃仏毀釈による騒動もしかり」

「加賀藩は廃仏毀釈の影響は少なしと読みしが」と図書館で得た知識で反論する。

「我ら寺町に籠もりし同志も影響せり。我らは政府の強要を跳ね返したり。県令以下が強要するなら何万人という宗徒門徒で取り囲まんと相談せり。汝は長崎隠れキリシタンが維新後に受けし悲劇を知れりや。卯辰山の麓にありし卯辰三社の周囲の薄暗き谷間に長屋を作りて五百名のキリシタンを収容し教化し、キリスト教を棄教させんとす。」

 鹿児島市内の薄暗き森の中に残るキリスト教徒墓地を思い出したり。

「彼らの多くは長崎の浦上周辺に隠れ暮らししキリシタンなり。倒幕により御維新で歓び長き迫害から解放されると信じ長き眠りから目覚めし地中より姿を現し蝉のように声を上げぬ。しかるに彼らの身に降りかかりしは悲劇なり。改めてキリスト教を捨てざる者は故郷より強制的に各地に移送され、棄教を強要されり。その一団は金沢の地にも預けられ棄教を迫られる。これまで数百年のわたり隠れて信じていた教えを捨てる者が現れるはずはなし。ある大人は拷問を受け命を失いし者あると知る。幼き子供たちは多くは病に命を落とす始末なり。新しき世とは、かくなる世界なりや」

「この議は国家主権に関わることであり一言に言えず。藩主一族の前田様は日蓮宗の門徒なり。しかるに領民の多くは浄土真宗信徒なり。大きな争いがなきが不思議なり。何ら汝の凶行と関係せりや」と反論せり。

「支配する者と支配される者が、互いに距離を保つがために有効なり。新政府は廃仏毀釈も同時に進行せり」と彼は応えぬ。

「キリスト教徒の強制移送や廃仏毀釈は金沢市内でもは大きな影響を及ぼししか」

「心中穏やからず。我らは抵抗の意を確認せり」 「維新政府の行いし他の改革はいかなる影響を与しか」

 吾が知る多くの革命が各個人に与えし影響は多くを語る書物なし。

 士農工商を廃しての四民平等と言えども、華族、士族、平民という形で戸籍にも残りしと言えども意味することを身近に感じず多くの日本人は生活を続けたに相違なし。通貨の統一、地租改正、民法司法制度の完成、学制の制定、常備軍を構成するための徴兵令は多くの誤解もあり、各地に一揆のような騒動も起きたと聞く。これらは西郷隆盛が岩倉具視一団の洋行のおりに国内に取り残された佐賀藩出身の若い江藤や大隈などとともに行った近代化なりし。吾が知りたきことは何故に西南戦争を終わりし半年後に石川県士族による大久保利通暗殺事件なりしが、これらのことが暗殺の理由と結びつけしと思えず、混乱するのみ。生活が一変したりと思われるはかっての武士であり、維新後は士族という階級におかれし者たちのみにあらずや。大久保利通暗殺は、まさしく士族の最後のあがきにあらずや。

 陸義猶(くがよしなお)という人物は、吾の心中を察したるがごとく述べたり。

「一つ一つの改革は次第に庶民の生活にも変化を及ぼせり。しかし一番の変化は城下の衰退なり。城下は荒れ果て維新前の活況と比較し落胆する声が巷に満ち足り、城下に狢な蛇のごとき生き物が多く住みしがごとく人の心にも魔物が住みしがごとく見えたり。特に士族の心に多く魔物が住みしがごとく思われん。もちろん許されざる行為なり」と呟きぬ。「大久保公暗殺に加わり、処刑された者たちはいずこに葬られたり」

「我、知らず。関わりたきなきことなり。大日本国憲法発布の日をもって恩赦となり、獄より釈放されても、当時の者とは関係を持たず」

「汝は狢や蛇の魔物のせいと言い、無関係のごとく装いしが、あるいは汝らのごとく周囲が暗殺者を扇動したのではあらざるや」と、我は厳しく責めたり。

「さもありなん。我、否定せず」

 彼は深く反省し、呟きたり。

「我らの心にも魔物が住めり」

「ならば問う汝の心に住みし魔物の正体は、汝が言うように狢や蛇の類いのものか」

「否、古い武士社会への憧憬、これまで我ら武士が保ちし誇りを否定されしことへの怒りなり。西郷南州は我らの希望なり」と彼は言いしが、我は彼の言葉に続けり。

「きれい事なり。汝らが掲げる西南戦争で討たれし西郷隆盛の仇討ちの心境は世間への表向きの言い分けにすぎず。討たれし西郷の夢を実現できる唯一の人物なりし。二人は竹馬の友にて心胆は同一なり。二人の間に割って入ろうなどと思いしことこそ大きな間違いなり。大久保公の亡骸は損傷は目を背けるがごときなりしと聞く。首を刺しし刃は地面に突き刺さり、頭部に百箇所以上の刀傷あり、脳漿も地面に散乱せりと聞く。さらに汝が書きし斬奸書は全く的を得ず。公亡き後の財産を調べるに汝ら士族の生活復興のために授産事業に私費を投じ多額の借財を抱えおり、政府も見かねて公の遺族を救わんために救いの手を差し伸べしとも聞く。単なる私怨なる凶行なり。底にありしは屈辱、憤怒、憎悪、嫉妬、不安、焦燥。あらゆる悪しき感情があったとしか思えず。明治9年の秩禄処分により味わったことのない生活苦に陥りたりせいなり。秩禄処分は新国家建設と財政維持のために避けて通れぬ道なり。才覚ある者は新たな世に順応し、自らの居場所を得ん。汝らはその才あらず」

 明治維新という大事業がフランス革命やロシア革命のように大きな混乱もなく成功したことに驚嘆の声を上げる研究者も存在せり。しかしそれには理由がありし。まず各藩が幕末には多額の借金を抱えし。それを新政府が肩代わりするということで藩主は廃藩置県の同意せり。現代風に表現すれば、いわば各藩主は多額の債務を抱えた社長であり、武士は雇われ人でありしが、雇われ人である武士は解雇されり。藩主には財産が残りしが武士には多くの財産なし。新政府は明治9年まで秩禄という形で旧武士維新後は士族を支援せり。むろん新国家にとっては財政上大きな負担なり。財政改善のために新政府は明治9年を持って秩禄扶助を中断せざる得ず。むろん当時の実力者は大久保利通なり。士族と呼ばれる旧武士階級は平民の若者を兵役に徴用する徴兵制が軌道に乗りし頃には不要なものになりし。

「大久保公を失いしは、その後の国家に悪しき影響を残しし」と、我は思わず魂魄を責めにし。

 大久保公が無事に20年生きながらえていたなら日本のその後の歴史も変わっていたのではないかと思いぬ。同郷の東郷平八郎が唱えし、「海から来る敵は海で防げ」という思想が国是とし、先の大戦争に巻き込みし長州の田中義一首相などが唱えし大陸国家構想なる思想を退ける基本を造りしために力を尽くしていたやも知れぬと思いしせいなり。明治政府内における薩摩長州土佐肥前という力関係は大久保公の死を持って、薩摩と長州の力関係が逆転し、長州薩摩土佐肥前となりしように思えり。

 いつしか魂魄は嗚咽をはじめおり。

 胸に高まる感情を抑えがたきにそうろう。

「若気の至りとは言え、取り返しの付かぬことを行いし。せめて後世の者に同じ過ちを犯さぬようにお願いするのみ。我、後悔する。一層、あの六名の暗殺者に加わり、すべてを消滅せしことがよかりし。中途半端なままに残りしか。黄泉の国と現世の出入り口にならん碑に名を刻み、現世を観察せざるえない立場になりしか」と。

 魂魄の嗚咽は号泣に変わりにけり。

 激しい号泣は卯辰山の蝉の声と混じりたり。その蝉に声に大久保利通を紀尾井町で暗殺せし島田一郎たち一派の号泣と遠く故郷を恋うしのぶ隠れキリシタン人々嗚咽も入り交じりたることを知る。しかるに慰めの言葉は知らず。同時に同じような過ちを犯しかねない輩が存在するのは確信し暗澹たる気持ちになりし。この小さき身なりと言えども幾度か感じたり。     

 この期に及び利通暗殺に関心を持ちにし理由は、やはり福島原発事故のせいなり。日本は大きく変わらざる得ない状況にあると信ずる故なり。陸上自衛官の今後の身の振り方を考えてなり。組織全体の解体的な改革を急ぐおり同じような不祥事や混乱が起きる恐れもありし。おのおの才覚や能力相応の扱いに満足をするしか道はなし。そればかりにあらず、天文学的な被害額であり、過去に遡り、その功罪を問われん。ひとえに福島原発事故回避に勇敢さを世界に示す機会を失いしことによると、真実を自覚し、デタラメを続けながら、よき思いをしたと猛省し、相応に返すべし。  痛ましい慟哭は嗚咽に変わり、そして林の蝉の声に変わりぬ。

 吾、思えり。2011年3月の福島原発事故を境に日本は危機管理や安全保障上、大きな岐路に立てり。

 旧陸軍の流れを継ぎし、陸上自衛隊は不要なり。これまでは太平洋戦争までの日本人が残しし悪しくもある勇敢さに頼り静穏を保つことで平和を保てり。しかるに福島原発1号機の水素爆発をもって静穏の夢も吹っ飛びぬ。陸上自衛官の多くは海上自衛隊や航空自衛隊の強化や海上保安庁や警察要員の増員や国際貢献部隊に運用するしかあらず。できる限り円滑に改革を終え国内治安維持の強化と2020年東京オリンピックを迎え、また福島原発事故の余波とも言える中国の東アジアへの台頭に備えるしかあらず。

 すべて自らが招いた結果と言えども、武士が職を失い巷を乱しし維新時に似た混乱を招く恐れもありえん。

 妄想か夢か?。不明なり。また、それを問う必要もなし。

 かくなる凶行を未然に防止するために、ひたすら警察の調査能力に期待するのみ。

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