第7話 ハイホーと関東ローム層と大坂城と皇居なんだよなぁ、実際

 お母さんの私を見る目が険しくなってきた。


 そりゃそうだ。


 だって最近、私の部屋はちょっとシャレにならないくらい散らかっているから。


 「男の子の容れ物」を探すために、部屋中を引っ掻き回す。

 なんとか見つけ出した品物を抱えて長屋へ行き、結局、全ボツをくらって持って帰るのは明け方だ。

 眠い。

 いちいちしまう気力もなくて、そのままお布団に飛び込んでしまう。

 二時間ほど眠ったあと、飛び起きたらもう朝の八時前。

 朝ごはんを食べて、歯を磨いて顔を洗って、着替えて。


 ほら、片づける時間なんてどこにもないでしょ?


 で、学校から帰ってくる。

 部屋の中は思い出したくもないくらい散らかっている。


 じゃあ片付ければいいって?


 いやいや。ちょっと考えてみて?


 これからまた、男の子の容れ物を探すんだよ?


 めっちゃ散らかるんだよ?


 すぐに散らかるってわかっているのに、わざわざ片づけるなんて、できる? (えっ、できるの? よかったじゃん、おめでとう!)


 私は無理。


 部屋をきれいにしたら、きれいなままで過ごしたいんだもん。

 すぐに散らかるなんて耐えられない。

 そういうものでしょ?

 散らかしたくないの。

 きれいな部屋が散らかるくらいなら、初めから散らかっていた方がマシよ。


 そう、つまり私は、きれい好きだからこそ片付けられないの!


 クラスのバカな男の子なら「意味わかんねー」だよね。

 こういうとこがわかんないからガキなんだよ。

 ひとの心って、ああだからこう、みたいに単純には動かないんだから。


 ……自分でもさすがに虚しくなってきちゃった。



 お母さんからは頭ごなしには叱られなかった。


「澄香、もしかして悩みがあるんじゃない?」


 探りを入れるみたいに小声で言われた。


「だって、お部屋は散らかり放題だし、変な袋の中に入ろうとするし」


 ……えーっと、あれって、そんなにインパクトが強かったの?


「片づけられなくなるって、心になにか抱えていることの表れなんじゃないか、って」


 んー、どっちかっていうと、もっと具体的な話なんだけれど。


 確かにどうすりゃいいの、って感じだし、散らかり放題の部屋はどうかと思うけれど、そのふたつを直結させて、心のトラブルに持って行くのってどうなんだろう。

 心理テストとかそうだけれど、いろんな細かな事情を切り捨てて「〇〇だからあなたは▽▽です。なぜならそれは◇◇だからです」みたいに決めつけるのって、ものすごくガチガチの考え方に思えるの。

 どっちかっていうと「差別」とか「偏見」に近い感じ?

 クラスで心理テストとか精神分析が好きな楓ちゃんなんて、とにかく「□□だから澄香ちゃんって△△なんだよ」ってものすごく上から目線だし。

 「だって●●だよ?」って言い返すとめっちゃ怒り出して「なんにも知らないくせに!」って泣き出す。

 心理テストって正しいかどうかは分からないけれど、心理テストをやりたがる子って「相手の心を決めつけて優位に立ちたい」タイプが多いのは間違いないんじゃないかな、って気がする。


「いろいろ、探してるの」


 私がそういうと、お母さんは眉根にしわを寄せた。嘘は言っていないもん。


「なにを?」


 「失くしちゃった自分」とか答えれば、カウンセリングの先生とかが喜びそうだ。ものすごく的外れな説明を、得意顔で始めるに違いない。

 悪いけれど、そういうボランティアは好みじゃないの。


「去年、作った木彫りのケース。バレンタインデーのプレゼントにしたいんだけれど、見つからなくて」


 お母さんって、こういう「ちょっと色気づいちゃった、うちの娘」的な言葉に弱いの。たぶん訳知り顔で見逃してくれるんじゃないかな。


 甘かった。


「それならちゃんと作りなさい。昔作ったものなんて見栄えしないよ。有り物を贈るなんて手抜き、男の子にも伝わるんだから」


 ガチじゃん! 私はうなずくしかなかった。




 仕方なく、私は部屋を片付ける羽目になった。


 なんでお母さんに通用しなかったのか。

 たぶん、あまりの散らかりっぷりが恋愛要素ではごまかしきれなかったんだ。

 積み上げられた中からビニール袋やクレヨンのケース、DVD、長屋との間を往復した品物が出てくる。

 これらはぜんぶボツになったものだ。


 男の子を長屋の二階から連れ出すために必要なのは、容れ物。それも、私の持っているものだってことになっている。

 でも、それがどんなものかは分からない。

 大きさは? かたちは? 材質は?

 私が持って行ったもので、ひと通りの大きさはカバーできたと思う。

 材質も、ビニール・紙・プラスチックだ。

 あとは金属・ガラス・材木ってところかな。


 でも、肝腎なポイントが分からない限り、除外できない。


 それに、男の子の口ぶりだと、容れ物っていうのも必ずしもケースとか、そういう形じゃないのかもしれない。本のページに挟むとか、ハンカチに包むとか、そういうのだってありそうだ。


 で、それがなにかは口にできないんだよね。


 ……それこそ、よ?

 それが「私が穿いたことのあるパンツ」とかだったら?

 男の子を自分のパンツに包んで、水門のところまで運ぶの、私?

 そこまでしてあげたい?


 ……いや、落ち着け、私。


 たぶん、それはちがう。

 だって、もしそうなら、あのときに指させば済むことだもん。

 それに、私は男の子に触れられないんだ。だから、残念だけど、私に関係することがカギじゃないと思う。


 ほっとしたけれど、なんだか残念だ。


 べ、べつにパンツとかどうでもいいんだからねっ!

 ただ、私にはそういう力はないんだなぁ、って。


 王子さまのキスで目が覚めたり、魔法が解けたりするお話がある。

 あれって、キスがどうこう言うよりも、「運命の人」ってところがいいの。

 王子さまは運命を変える力がある、選ばれた人なんだ。

 それも、お姫さまにとってだけ。

 ここ、大事なんだけれど、王子さまって無敵のヒーローじゃダメなの。

 あっちでもこっちでも眠りについたお姫さまにちゅっちゅして目覚めさせまくってちゃ、顔に唇を近づけて来ただけで蹴り上げたくなるもん。


 ひとりのお姫さまを目覚めさせられる、それだけでなくちゃね。


 もし、私のキスで男の子を連れていけるなら(なんだかものすごいことを言ってるけど)洋一くんには絶対に秘密って条件付きで、しちゃうと思う。

 そういう特別って、やっぱりすごいと思うから。

 もちろん、洋一くんには内緒だし、洋一くんがほかの女の子のためにキスすることなんてぜったいに許さないけれど。


 わがまま?


 うん、わがままだよ。


 こういうことに「ゆずりあいの精神」とか「優しさ」とかは嘘だと思う。

 どんなに好きだって、他の女の子と共有なんかできないもの。

 洋一くんがほかの女の子に優しいのは、私に対して優しくないのと同じくらいいらいらする。もちろん、こんなことはぜったいに友だちには言わない。「みんなに優しい子っていいよね」とか言ってる。


 だって、しかたないでしょ? 気持ちなんて、どうしようもないんだから。



 考えてみれば、片付けるにしても、また探さなきゃならないんだから、もう駄目と分かったものを手前に置くのは無意味よね。

 むしろ、ボツになった品々を奥に押し込んで、まだ持って行っていないものを手前にすれば、探すのが楽なんじゃないかな?


 ……疲れてくると、こういうのがいいアイデアみたいに思えてしまうんだよ。

 実際にやろうとすると、まだ持って行っていないものの方が圧倒的に多いし「手前に出す」のがほとんど引っ越しレベルの話だって気づく。下着とか入れている衣装ケースの裏側なんて埃だらけで、そこにあれやこれやを投げ込んだら……捨てるのと変わらない。

 それに、私の部屋って生活する場所なんだから、必需品をうしろに引込めるわけにはいかない。


 ハイ結論。


 「ふつうに元通りにしましょ」


 当たり前だけれど、模様替えよりは掃除の方が楽だ。それなのに、ある程度、散らかってしまうと、なんだか模様替えした方がいいんじゃないかって思っちゃうんだよね。現実逃避ってやつ?

 掃除機を持って来て埃を吸い取ろうとして、プリントとかノートのページとかを吸い込んでしまう。とにかく、元あったところへ、だ。

 アメリカのアニメに出てくる、ワーカホリックのコンパクトサイズの妖精になったつもりで、ハイホー♪ ハイホー♪ って歌ってみる。


 仕事が好きになる気配はなかった。


 春菜ちゃんが言ってたなぞなぞを思い出す。


「奥多摩とかで地面を掘っていると、突然、たくさんのひとたちが真っ黒になりながら一生懸命働いているところに出てしまいました。これをなんと言うでしょうか?」


 わけが分からない。


「正解は『関東労務層』です」


 男の子は一斉にブーイングを飛ばした。「労務」の意味の分かった子も、なんだか微妙な顔になった。私もそのときはしっくりこなかったけれど、こうやって物の積み上がった部屋の中でいつ終わるか分からない片づけを続けていると、「関東労務層」というのがなんだか目の前に浮かんできそうだ。たぶん、それはいつ終わるかわからない仕事なんだろう。なんのためなのかわからない仕事なんだろう。周りがやっているから自分も離れるわけにはいかない、そんな仕事なんだろう。

 関東地方のひとたちがみんな関東労務層だと言いたいのか、みたいなクレームは、たぶん来ないと思う。

 関東のひとたちって賢いから。


 小学生の定番なぞなぞがある。

「大坂城作ったの、誰だか知ってるか?」

 豊臣秀吉やろ? という答えに対してこう叫ぶ。

「違うわーい! 大工さんじゃーい!」


 ……あほだ。


 これが関東地方になると、こうなる。

「皇居作ったの、だーれだ?」

 さすがに明治天皇、と答えるのは論外で、たいていは徳川家康、と答える。

「残念、太田道灌でした」

 皇居=江戸城、さらに江戸城を築城したのは、という二段構えのなぞなぞだ。


 なぞなぞとしてちゃんとしていると思う。


 賢い。

 

 だから怒ったりしないよね?


 こんな、関東労務層、くらいで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る