第6話 「カタログの歌」――って、ホントいやらしい意味じゃないんだから!(意味深)

 男の子の容れ物を見つけなくちゃならない。


 ヒントはたったひとつ「私が持っているもの」。


 それって、私の部屋に連れてきて、指さしながら「はい・いいえ」で答えてもらえばすむことなんじゃないかな、と思う。でも、男の子は長屋の二階から出られないわけで、なんだか順番が逆になっちゃう。私の持ち物を残らずノートに書き出して、この間、ママに見せられたオペラみたいに読み上げるの。でも、従者レポレッロが歌う場面になったらママは急におろおろして、DVD止めちゃったのよね。もしかするとひわいな歌だったのかな? もうっ! じゃ、いっそのこと私の部屋中をデジカメで撮影しまくって、見せながら正解を探すっていうのは? 結構いい方法かもしれない。部屋の全部を写すのには一時間もあればいいよね。


 そこまで考えて、なんだかちょっと虚しい気がした。


 たとえば、お金持ちの子と仲良くなったとする。(この際、洋一くんはおいといて!)その子が私の誕生日前に自分の部屋に招待してくれる。素敵なものがいっぱいの部屋の中で、その子がこう言う。

「好きなものがあったら、なんでもあげるよ。どれが欲しい?」


 やっぱり、自分で探さなきゃ。


 まず、その気になれば私が入れそうな大きさのもの。長屋の二階まで運べるものだから、箪笥とかファンシーケースとかはナシよね。そうそう、袋的なものはねらい目かもしれない。押入れの下段に、ちょっとサイズの合わなくなった服を詰めたバッグがあった。中身を出してみる。ちょっと染みのついた懐かしいワンピースとか出てきて回想モードに入りかけたけれど、我慢して。空のバッグに足から入る。膝を抱えて、頭をお腹につけて。手探りでファスナーを閉める。うしろあたまのところまですんなり閉まった。これならいけるかも。ファスナーをあけてバッグから身体を出したところで、半開きのドアからこっちを見ているママと目が合っちゃった。

 

 ママはなんにも言わずにドアを閉める。私もなんて言えばいいか分からなかった。


 従姉の愛梨ねえさんの結婚式に出たときに着た、黒のワンピースを収めた衣裳カバー。これなら確かめなくても楽勝よね?

 衣裳ケースも試してみたけれど、腰から下しか入れなかった。一寸法師がラフティングしてるみたいな感じ? そういうのは三途の川で楽しんでね、おじさん。

 衣裳ケースの上に、ゴミ捨て用のポリ袋があった。70リットルサイズで、問題なく入れそうだ。試してみようとして、ふと気になって部屋のドアを開けてみた。そこには中腰になったママがいた。


 なんだかちょっと悲しそうな顔をしてた。やばっ。超気まずいよ!


「あのね、クリスマス会の出し物で、突然ひとの現れるマジックをやるの。私が隠れていられるものはないかなって」


 ママはすごく微妙に笑って、廊下を歩いて行った。


 それからは容れ物になりそうなものが見つかって入ってみる前には必ず廊下を確かめるようになった。

 六つの候補が揃った。衣裳バッグ、衣裳カバー、ポリ袋、扇風機の箱、布団袋、ウォーキングバッグ。

 こうしてみると、なんだかどこかへ出かける準備みたいだ。旅行とかじゃなくて。これのどれかに男の子を入れて、こっそりと長屋から出て行くんだ。これってなんていうのかな、うーん。あ、そうだ。


 夜逃げ。


 急にぐったりして、カーペットの上にうずくまる。


 ママからの信用を犠牲にしてまでチョイスした品々は、あっさりとボツにされた。


「頑張ってくれたね、ありがとう」


 男の子は優しく言ってくれたけれど、ダメージは大きかった。


「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」


 ずうっと昔、ものすごく遠くまで出かけて帰ってきたひとが、そんなことを言ったらしい。

 パパやママ、それから先生も、とても感動的な言葉だって言ってた。でも、ほかの誰もできないことのすごさに圧倒されると、ただ有難がるだけになってしまう。

 私のいま置かれている状況に合わせて、役に立ちそうな形に言い換えてみた。


「ものは考えようだ」


 あの六つがダメってことは、要するに大きさにこだわらなくてもいいってことがはっきりしたのよ。ついでに言うと、男の子を入れて用水路の水門に運ぶためのものだから、私に持ち運びができなきゃならない。あの六つより大きなものは無理だから、あれより小さなものを探せばいいってこと。


「これは私にとっては小さな一歩だが、私にとっては偉大な飛躍である」


 ……だいぶ疲れてるみたいね、私?


 でもでも、これで筆箱やうわばき袋みたいに、ものが入るものを探せばいいんだよね!

 これでずいぶん探しやすくなった、と思ったのはたぶん、錯覚だった。

 本棚に並んでいるDVDケースを見ているうちに、ふっと思った。


 これって、ひとつなの? それとも三十八個なの?


 町のレンタルビデオ店でセールになるたびに一枚三百円とかで買っていたおかげで、枚数はかなりある。なぜか先生もオススメのアニメ会社のシリーズ、森の中ででっかいお化けと仲良くなる話や、箒に乗って飛ぶしか能のない女の子の話、首にかけると空が飛べる石が出てくる話とか。変身する女の子の人数がどんどん増えていくTVアニメのシリーズも、飛び飛びに集めていた。ちょっと気になって、変なお面を被った人殺しがチェーンソーを振り回して暴れまくるアメリカのホラー映画も買ってみたけれど、えっちな場面がやたらと出てきて途中で観られなくなってしまった。こんなのも中からディスクを出してしまえば「容れ物」だよね?

で、これって「DVDケース」ってことでひとくくりにしていいの? それとも「となりの○○○」と「ふたりは〇〇〇〇〇」、「十三日の○○○」はそれぞれ別で、選択肢は三十八あるってことなの?

 一個だけ持って行った「○○の宅急便」がボツだったとして、それはDVDケース全部がボツなのか、それとも「天空の城○○○○」が正解なのか、どっち?


 ぜんぶ持って行ってみるしかない、かぁ。


 ケースから取り出した三十八枚のDVDディスクを机の上に重ねる。これをあとで戻さなきゃならないことを考えて、ぞっとした。

 同じように、二十八色のクレヨンや絵具、色鉛筆もぜんぶ取り出して、あとで入れ直すのよね? 

 シャープペンシルの替え芯もいくつかあったから、その、替え芯を二百本ほど出し入れすることになるわけで。

 じゃあ、シャープペンシルそのものも言ってみれば芯の「容れ物」だから、中の芯を出して、最後にセットされているのをカチカチやって出さなきゃならないんだ? それもあとでぜんぶ戻す、と。


 ものを持つって、ほんとうはすごく面倒くさいことなんだ、と思う。

 DVDだって、持っているだけでもう観ないのも多いかもしれない。ていうか、観たいときに借りてくればいいじゃん? 絵具だって、使う色なんて五色くらいで、あとは混ぜ合わせればなんとかなる。そうやったほうが先生にもウケがいいし。シャープペンシルなんか一本、スペアでもう一本あれば十分。替え芯だって一ケースで半年くらいはもつはず。

 ちょっと言い換えちゃお。


「面倒くさがると、ものは増える」


 これだよ。うんうん。「偉大な飛躍」って、こういうことなんだ。

 ひとつ高いステージに上ったつもりになれたのは、DVDを十枚取り出すくらいまでだった。


 トートバッグに詰めたDVDケース、クレヨン箱、絵具箱、シャープペンシルと替え芯ケースは、男の子にはとても喜んでもらえた。


「へえ、こういうのもあるんだ」


 考えてみれば当たり前だけれど、DVDケースは珍しかったらしい。一枚一枚、どんな話か説明すると、椅子から身を乗り出して聞いていた。シャープペンシルもなかったみたいで、芯を入れて書いてみると、本気で驚いていた。


 意外だったのは、クレヨンと絵具だった。机が汚れそうな気がして、中身を入れたままで持って来て、目の前で中身を畳の上にあけて箱を見せた。

 

「俺の頃も、こんな箱だったよ」


 え、そうなんだ、と言うと、目を細めてうなずく。


「六年生までもたせなきゃいけないって、大事に、少しずつ使ってたんだよなぁ。結局、ほとんど使わないままになったけれど」


 トートバッグには、畳の上に容れ物を並べるために、スケッチブックを入れてきた。ページを一枚破いて、畳に敷く。


「何か、描いてみない? 指で線を引いたら、私がその通りになぞるよ」


 男の子はしばらくもじもじしていたけれど、立ち上がって、私のそばにしゃがんだ。

 黒、と言われて、黒のクレヨンを持つ。透きとおる指先に合わせて紙の上に置く。ゆっくりと曲線を描く。遅れないように、指を追いかける。なんだか胸が苦しくなったけれど、男の子の顔のそばで、唇をかみしめて描き続ける。


 できあがったのは、人の顔に見える何かだった。


「なんなの、これ」


 クレヨンで汚れた指先を向ける。男の子は静かに笑った。


「スピカ、だよ」


 んなわけないでしょ、と言おうとしたのに、うまく言葉にならなかった。うつむいて、散らばったクレヨンを箱に戻す。畳の上に、男の子(と私)が描いた、私の顔があった。スケッチブックの間に挟む。

 トートバッグにケースをまとめてしまいながら、さりげなく訊いてみる。


「で、やっぱり、ぜんぶボツなんだ?」


 男の子は申し訳なさそうにうなずく。


 いいよ、別に。


 「偉大な飛躍」だって、結局は着地するんだもん。

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