第24話

週が明けて月曜日。

私が良人の病室へ行くと、そこには良人のお母さんがいた。

「ごめんなさいね、珠姫さん。」

「えっ?」

「私達、誤解していたみたい。」

「何をですか?」

「あなたが、良人の婚約者だって事。」

何の事か分からず、何も言い返せなかった。

「あの……」

「とにかく、良人の面倒は、こちらでみますから。心配しないで。ねえ、珠姫さん。」

もしかしたら、良人が変な事を言ったのかもしれない。


「お母さん、良人は何を言ったんですか?」

「珠姫さん?」

「私は良人の婚約者です!間違いありません!良人が何を言ったのか、分かりませんけど……」

するとお母さんは、私の手をそっと、両手で握ってくれた。

「ええ、分かってますよ。」

そう、穏やかな口調で。

「私も、まだ状況を全部、飲み込めていないんだけど……」

私は、息を飲んだ。

「賢人も、私達の息子なの。二人とも、幸せになってほしいのよ。後は、あなたが十分悩んで、決めて頂戴。」

そんな、意味深な言葉を残して、お母さんは病室の中に、入って言ってしまった。


良人は、私の気持ちをお母さんに、伝えたんだと分かった。

私は、しばらくドアの隙間から、良人を見続けた。


好きだった人。

一度は結婚を、考えた人。

大事だった。

大切にしたかった。

それも全て、過去の事だと知った。

私はゆっくりと、病室を後にした。


下の階に降りると、そこは私が通った、リハビリ教室があった。

今は良人も、通っている。

立ち止まっていると、中からトレーナーが、出てきた。

「ああ、市田さん。」

「こんにちは。」

この前の喧嘩の件があってから、恥ずかしくて、何となく会う事を避けていた。

「そうだ。一つお聞きしたい事が、あるんです。」

「何でしょう。」

「良人の足は、一生治らないんでしょうか。」

トレーナーは、周囲を見渡すと、リハビリ室から少し離れた場所に、私を連れて来た。


「津山さんは、何と仰っていたんですか。」

「良人は、もう治らないって……」

小さく何度も頷いて、トレーナーは口を開いた。

「一生歩けない訳ではないと、思います。熱心にリハビリに励んでいらっしゃいますし、努力次第では、事故前と同じように、車椅子無しでも、生活できるようになると思います。」

「それじゃあ……」

良人の、思い違いなんですねと、言いかけた時だった。

「ただ……」

「ただ?」

「時間は、かなりかかると思います。車椅子は必要なくなると思いますが、杖は欠かせないでしょうね。」

私は息を大きく吸って、そのまま吐く事を、忘れてしまったかのように、その場に立ち尽くした。

「津山さんも、その事を薄々気づいているんだと、思います。だから、あなたにもそう言ったんでしょう。」

良人の『珠姫を越えるぞー!』と、張り切っている姿が、鮮明に思い浮かんだ。

「それでは、失礼します。」

トレーナーは、それ以上何も言わずに、私から去って行った。


『珠姫!危ない!』

良人は事故直前、シートベルトを外せなくて、焦っていた。

彼を助けに行ったけれど、トラックは容赦なく迫ってきて。

逃げろと言ってくれたのに、私は怖くて逃げる事ができなかった。

良人はそんな私に、覆い被さってくれて、私の怪我を最低限に抑えてくれた。

自分の体を、犠牲にしてまで。


「良人……」

涙が溢れて、止まらなかった。

自分は、悪魔かと思った。

こんな私が、幸せになんて、なれる訳がない。

私はフラフラとさ迷いながら、病院を出た。

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