第23話
それからも、私は良人のリハビリに、付き添う事を止める事はなかった。
今になって、賢人への想いに気づいたって遅いだけ。
私は、良人と婚約しているんだもの。
それを断って、双子の賢人の元へなんて、行ける訳がない。
「良人。夕食きたよ。」
「ああ。」
良人も、あれ以来。
賢人の名前を、口にする事はなかった。
「ええー!今日、カレーなの?病院食なのに、贅沢じゃない?」
「だって俺、まだ歩けないだけで、他は健康だもん。」
そう。
あれだけの大ケガをして、人工呼吸器を1ヶ月も着けていたのにも関わらず、良人の体の回復は、とても早かった。
良人のお父さんとお母さんは、『珠姫さんがいると、違うのね。』と、喜んでいた。
「美味しい?カレー。」
「んー。でも、珠姫の作るカレーの方が、美味しいかも。」
良人はそう言いながらも、次から次へと、カレーを口に運ぶ。
「少し食べる?」
「ええ?」
残り一口、二口で、良人は急に、スプーンを私に差し出した。
「珠姫もカレー好きでしょ?」
「そりゃあそうだけど……」
ふと、賢人の言葉が、頭を過った。
『今日は、珠姫の好きなカレーにしようか。』
カレールーの箱を見せながら言ってくれた、賢人の笑顔を思い出す。
もう二度と、あの笑顔は見れないと言うのに。
「また、賢人の事。思い出していた?」
「えっ?」
跳び跳ねる程驚いて、私は目を反らした。
良人が賢人の名前を出すのは、何日ぶりだろ。
また、有らぬ疑いをかけられるのかと思うと、手が震えた。
「この前、『賢人、元気だった?』って、珠姫言ってたろ?」
「う、うん……」
「賢人にも、同じ事を聞かれた。『珠姫、元気にしてる?』ってね。」
「賢人が?……」
少し俯き加減で、寂しそうにしながら、こっそりと聞いている賢人が、思い浮かんだ。
会いたくて、涙が出る。
「あれから……珠姫に頬を叩かれてから……いろんな事を考えたよ。」
良人はカレーを少しだけ残して、スプーンを置いた。
「本当は分かっていたんだ。賢人は、俺の彼女を、黙って寝とるような奴じゃない。珠姫も、俺に内緒で、浮気をするような女じゃないって。」
「良人?」
「だから、賢人が珠姫を呼び捨てにした時、二人が付き合っているんじゃなかって。俺がいない間に、何やってんだって。そんな事を考える俺自身も、信じられなかった。」
良人の頬には、涙が溢れた。
「良人、あのね。私達は決して、良人にを裏切るような事は、してない!」
「うん。」
良人は、穏やかな表情で、一度だけ頷いた。
「珠姫は、賢人に初めて会った時の事、覚えてる?」
「覚えてる……確か洗車してた。ずっと目を合わせてくれなくて。」
「それ……賢人の、お気に入りのサインなんだ。」
「えっ?」
ちょうど、夕食のお膳を下げる時間になっていたらしく、看護助手の人が、見回っていた。
良人はカレーを少しだけ残して、お膳を渡した。
「賢人はね。昔から、気に入った女の子と、目を合わせないんだ。」
「そうなの?」
「その後も、ふとした時に珠姫の事を聞いてきてね。」
あの不器用な賢人の、不器用な聞き方が、目に浮かんだ。
「俺も、珠姫の事本気で好きだったから、いつしか珠姫との事、賢人に相談してたんだ。」
「私との事を?」
『賢人、珠姫は身寄りがないらしいんだ。一緒に住んだ方がいいかな。』
『たまに泊まるぐらいなら、いいんじゃないか?』
『賢人、珠姫は仕事で、悩んでるみたいなんだ。』
『良人も教職とってるんだから、自分ならどうしたか、考えればいいんじゃないか?』
『賢人、父さんが珠姫に、仕事を紹介できるって言うんだけど、どう思う?』
『いいんじゃないか?決めるのは、珠姫さんなんだし。』
『賢人、珠姫にプロポーズしようと思うんだ。』
『頑張れ。きっと珠姫さんは、OKするよ。』
『賢人、あの見晴らしのいい丘で、プロポーズするのはどうかな。』
『いいと思うよ?僕もあそこ、好きだし。』
「何かある度に、賢人に教えていたよ。まるで珠姫一人に対して、俺と賢人で、恋愛してるみたいだった。」
私は、それを聞いて納得した。
賢人が良人の代わりに、なぜ恋人役を演じきれたのか。
「珠姫。賢人のところへ行けよ。」
「良人!」
思ってもみない言葉に、私は良人の腕を掴んだ。
「俺の事は、気にするな。賢人も珠姫の事を待っている。」
「そんな……そんな事ない!」
「珠姫!」
良人は、私の腕を振り払った。
「珠姫の心の中に、俺はいないって、自分でも分かってるだろ?」
「違う、違う!良人!」
「自分に嘘をついちゃいけない。珠姫の心の中には、賢人がいる!」
私はその言い当てられた事に対して、反って罪悪感を感じていた。
「いいんだ、珠姫。俺は、もう歩けない。一生、車椅子だ。」
「そんな事ない!きっと、歩けるようになる!」
「自分でも分かるんだ。だから珠姫は、俺と一緒にいたって、幸せにはなれない。」
良人は、自らこの関係を絶つのだと言う事を、私は痛い程に分かりきっていた。
「嫌よ、良人。」
「珠姫……」
「あなたが一生歩けなくたって、私は良人に付いていくわ。それが一度、生涯を共にするって、約束した証よ。」
私は何か言おうとした良人に、抱きついた。
「良人。良人!」
「珠姫……」
「良人がいない時の記憶は、偽りの記憶よ。私と賢人は、夢を見ていたの。現実じゃない。」
そう。
あの別れたあの日。
賢人は、現実に戻らなければと、言った。
今なら分かる。
私達は、現実を見つめなければならない。
「本当に、そうか?」
良人は、耳元でそっと呟いた。
「本当に、夢で終わらせられるか?」
「ええ。」
私は、抱き締める力を強くした。
「分かった。」
良人はそう言って、私を同じように、力強く抱き締めてくれた。
これで、終わり。
夢は終わり。
私はこれからも、良人と一緒に、人生を歩む。
賢人に、別れを告げて。
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