第22話

それから1か月後。

私は、良人に付き添い、リハビリを手伝った。

今では人工呼吸器も取れ、車イスで移動できるようになった。


「もどかしいよ。どこに行くにも、車椅子。」

良人は小さく、ため息をついた。

「私、その気持ち分かるわ。松葉杖を着いていた時は、本当にイライラしていたもの。」

自分の足なら、意識しないのに。

松葉杖だからこそ、余計どこに杖を着くか、滑らないかとか、変な気を使っていた。

「俺、歩けるようになるのかな。」

「なるわよ。私が歩けるようになったのよ?」

車椅子を押しながら、私は逐一、良人を励ましていた。

「珠姫。結婚はいつにする?」

「結婚?」

急に出た単語に、無意識に吹いてしまった。

「そんなに、急がなくてもいいんじゃない?」

「うん、でも……」

良人は私の手に、自分の手を重ねた。

「早くしないと、珠姫が遠くに行きそうな気がして。」


どうして、良人がそんな事言ったのか、分からない。

分からないのに、私は真意をつかれた気がして、ドキドキしていた。

「そんな事……ない……」

「本当?」

「本当。だって、車椅子のまま結婚式するの?」

何気ない質問に、良人は上を向いて、考え中。

「それはそうだ。最低でも、車椅子から降りなきゃな。」

「そうだよ、良人。」

私がリハビリ室に通って、歩けるようになったのと同じように、良人もリハビリ室に通っている。


「こんにちは。津田さん。」

「こんにちは。今日もお願いします。」

「はい、こちらこそ。」

リハビリの先生は、私と同じ先生だ。

「市田さんも、元気になられましたね。」

「先生の、お陰です。」

知ってる人が先生であるのは、ある意味安心する。

「先生、珠姫はどのくらいで、歩けるようになったんですか?」

良人は、リハビリをしながら先生に質問した。

「市田さんですか?どのくらいでしたかね……松葉杖を着いて歩けるようになるまで、1ヶ月。それから、松葉杖を使わなくなるまで、1ヶ月。計2ヶ月ってとこですかね。」

先生がそう言うと、良人は止せばいいのに、両手を上に挙げた。

「よし!珠姫の記録を抜くぞ~!」

みんなに聞こえるように、大きな声。

「ちょっと!良人、声が大きい!」

私は思わず、良人の口を塞いだ。

「あっはははは!」

そんな私を、良人は本当に面白そうに、笑った。

良人は、あまり常識外と言うか、ヤンチャな事はしない人だったのにな。


「そう言えば、今日の朝、賢人が来たよ。」

「賢人が?」

全く動じない振りをして、心臓だけが、ドキドキしている。

「今は、実家で暮らしてるよ。」

まるで、少し前まで私と同じ家で、暮らしている事を、知っているような、口のききかただった。

「そう……賢人は、元気?」

「ああ、元気だよ。」

あれから全く顔を見ない賢人の事情は、たまにお見舞いに来ると言う、良人を通じてしか、知る事はできなかった。

「何で賢人の事、気にするの?」

良人の発言に、ドキッとする。

「ああ、だって……あんなにお世話になったのに、全く会わなくなるって、何だか悪い気がして……」

「そんなモノじゃない?」

意外に冷たい言葉を言う良人に、少し戸惑った。

「なんだか……冷たいね。」

「そうかな。」

「お礼だってしてないし。」

「お礼なら、俺からしておくよ。」

「面と向かって、お礼を言いたいのよ。」

ムキになって言ってしまったせいか、良人は黙ってしまった。

「あの……良人……」

「そんなに、賢人に会いたいんだ。」

良人の言葉が、グサリと胸に刺さる。


そんなに?

私に疚しい気持ちでも、あるような言い方?

「何で、そんな言い方するの?」

「何でかな。自分の胸に、聞いてみたら?」

私はゴクンと、息を飲んだ。

「何が言いたいの?私と賢人の仲を、疑っているの?」

「疑うような事、俺がいない間に、二人でしてたの?」

質問を質問で返されて、イラッとした私は、良人に背中を向けた。

車椅子の良人は、まだそんなに早く、動く事はできない。

私は、思いきってリハビリ室の、窓の側に移動しようと思った。

「待ってよ。」

車椅子から伸ばした良人の手が、私の体をかする。

「珠姫。」

後ろから、良人が私の後を、付いてくるのが分かった。

「珠姫!」

でも、振り向きたくない。

「否定しろよ!珠姫!」

他の人が、驚いて私達を見る。


「どうしました?津山さん、市田さん。」

リハビリのトレーナーが、駆けつけてくれた。

「すみません、何でもありません。」

私はトレーナーに、頭を下げた。

「そうですか。もう少しで、他の患者さんのリハビリ終わりますんで。そうしたら、津山さんのところへ来ますね。」

「お願いします。」

トレーナーは、良人の肩を軽く叩いて、他の患者さんの元へ、戻っていってしまった。

「良人。イライラするのは分かるけれど、大きな声を出すのだけは止めて。」

「何が分かるって言うの?自分の彼女を、寝取られた男の気持ち?」

「はあ?いい加減にしてよ、良人。」

「ほら、やっぱり否定しない。」

大きな声が、出そうになったけれど、周りの患者さんの姿を見て、グッと我慢した。


「寝たんだ。賢人と。」

次の瞬間、私は良人の頬を、思いっきり叩いていた。

「市田さん。」

またトレーナーが、走ってくる。

「はぁはぁはぁ……」

私は涙を流しながら、良人の膝元に、倒れ込んだ。

「なんで?どうして?そんな事しか、考えられないの?」

「なんで?男と女なんて、所詮そんなモノだろ。」

「違う!」

私は息を切らしながら、頭を大きく振った。

「賢人は……私に指1本、触れなかった。」

良人は、口を開かず黙り込む。

「賢人は、そんな人じゃない!」


賢人は……

賢人は、

賢人は!

ただただ、私の側にいて。

心と心で、愛してくれた。

そう、私を愛してくれたんだ。


「……っ」

今さら賢人の事が、恋しくて恋しくたまらない。

「うゎあああああ!!」


私は良人の前で

賢人を想いながら

大声で、泣いていた


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