第19話

「……珠姫の事、好きだったんだ。」

「えっ?」

「一目惚れだった。良人の彼女だと知っていても、諦めきれなかった。」

「賢人?」

「ごめん……ずっと、口に出さないつもりだったのに……」


賢人は私の肩に、顔を埋めた。

肩を濡らす涙が、賢人の物だと気づくのに、数秒もかからなかった。

私達は、この1年の間、過ごすはずのない時間を、共有した。


一緒に笑って、

一緒に怒って、

私が倒れた時には、賢人が側に来て、『大丈夫?』と、声を掛けてくれた。

そう、この1年間。

いつもいつも。


だから、これが良人を裏切るような行為だったとしても、私は振りほどけない。

同じ顔じゃない。

同じ声じゃない。

“津山賢人”と言う、一人の人間と一緒に過ごした時間が、私をそうさせたのだ。


「……珠姫?」

「もう少しだけ、こうしていて。」

「いいの?」

「いいよ。」

私は賢人を、強く抱き締めていた。


「珠姫さん?」

病室の入り口から、お母さんの声がした。

ハッとして、私達は離れた。

「あら、どこに行ったのかしら。」

私を探しているお母さんの声を聞いて、もう一度賢人の顔を見た。

俯いて、無表情だった彼。

お母さんの元へ行くのか、そのまま留まるのか、私に任せると、暗に言われている気がした。


行けるはずがない。

そんな賢人を置いて、このままどこかへ、行けるはずがない。

私が賢人に、手を伸ばした時だ。

「珠姫さん、ここに居たの?」

お母さんが、待合室にまでやってきた。

「は、はい……」

「良人が呼んでいるの。病室に来てくれる?」

「……分かりました。」

伸ばした手をもて余しながら、待合室を出ようとした。

「あら?賢人も居たの?」

お母さんは、自分の息子なのに、素っ気ない言葉を、賢人に浴びせた。

「……連絡くれたのは、母さんだろ。」

「そうだけど、返事も全くないし。全然来ないから、今日は仕事が忙しくて、来れないと思ったのよ。」

尤もな意見を言って、その場を誤魔化したお母さん。

でもそれが、私の前での建前であることは、良人からそれとなく、聞いていた。


『賢人はね。双子でありながら、俺とは真逆に育てられたんだ。』

『真逆?』

社会人に成り立ての時。

夏休みに賢人が帰ってくると、嬉しそうに語る良人が、ふいに、そんな事を話し始めた。

『ああ。俺は小さい頃、体が弱くてね。しょっちゅう病気ばかりしていたんだ。』

『えー!今の良人からは、想像できないわ。』

少なくても、私と付き合ってからの良人は、全く病気なんてしてなかった。

風邪をひいた時でさえ、薬も飲まずに、いつの間にか治してしまう程だった。

『はははっ!そうだよな。中学生になって部活を始めたら、病気をしなくなったんだよ。』

良人は、家族の話になると、益々笑顔が増えた。

『一方でガキの頃から、一切病気知らずで、近所の子供達と、毎日泥まみれになりながら遊んでいた賢人に、両親は放任主義。転んで怪我したって賢人が言っても、自分で消毒して、絆創膏貼りなさいってさ。』

『随分、育て方が違うのね。良人が真逆だって言うのも、頷けるわ。』


勝手なイメージで、双子って同じように育てても、生まれ持った性格で、微妙に違うと思っていた私は、そのイメージが崩れていくのが、嫌だった反面。

そんな良人と賢人の双子に、ものすごく興味を持っていた。

『だからかな。賢人は事あるごとに、両親は良人だけ可愛いんだよって、言ってたっけ。俺にしてみれば、賢人はしっかりしてるから、両親は賢人を密かに頼りにしてるんだけどね。』


「賢人も、行きましょう。良人の病室。」

お母さんと賢人が、一斉に私を見る。

「きっと良人は、賢人に会いたがってるわ。」

驚いた顔を、賢人はしていたけれど、決して嘘なんかじゃない。

いつも笑顔で賢人の事を話していた良人は、誰よりも賢人の事を大好きで、誰よりも賢人を頼っていた。

婚約者の私なんかよりも、強い絆で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る