第20話

「そうね。賢人も来て頂戴。」

お母さんも、私の提案にのってくれた。

「……いいのかよ。目覚めたばっかなのに。」

「何言ってるの。家族でしょ。目が覚めた時居なくてどうするの?」

お母さんに促され、賢人はようやく重い足を、動かした。

「賢人……」

賢人と目が合う。

私はもう一度だけ、手を伸ばした。

でも賢人は私の前を、スーっと通り過ぎ、私の伸ばした手には気づかない。

伸ばした手は宙を浮き、さ迷ったけれど、諦めて私の足の脇に収まった。


賢人の背中を追いかけながら、もう一度病室へ入った。

ベッドに横たわっている良人は、苦しそうに呼吸をしている。

恐る恐る、良人に近づく賢人。

声を掛ける前に、賢人に気づいた良人は、ゆっくりと目を開けた。

「やあ、賢人……ようやく……会えたな。」

「良人。ごめん、すぐ来れなくて。」

「いい……んだ……。」

呼吸が苦しそうなのに、それでも賢人には、笑顔を見せる良人。

そこには、私もご両親も入れない。

二人の世界があった。


「はぁ……はぁ……」

目に見えて呼吸が苦しくなった良人の、側に私は寄り添った。

「良人。無理しないで。」

「今日は……ここ……まで……みたいだ……」

「また明日があるわ。」

私は良人の額を撫でた。

それを見たご両親は、私と良人の仲の良さを再発見したのか、とても和やかな雰囲気になっていた。

「後は、珠姫さんに任せた方が、いいみたいね。」

お母さんが嬉しそうに、お父さんに言う。

「そう、みたいだな。」

お父さんも、賢人に同意を求める。

ちらっと賢人を見ると、一瞬だけ、目が合った気がした。

「……うん。」

思わずズキッとなった胸に、手を押さえる事もできず、かと言って、良人を見る事もできず、私はただただ、布団の上だけを、ずっと見つめていた。

「じゃあ、珠姫さん。あと、お願いね。」

「は、はい!」

顔を上げた時、ご両親に挟まれて、無表情で去って行く賢人がいた。

「ぁっ……」

何か訴えたくて、声にならない声を出した。

それに気づいてくれたのか、賢人はすぐ振り返った。

「なに?」

「あ、あの……」

賢人は何かを察したのか、ご両親を先に返して、自分だけ戻って来てくれた。

「いいよ。連絡くれれば、家まで送るよ。」

「えっ……」


言いたい事は、山ほどあるのに。

聞きたい事も、山ほどあるのに。

良人の前では、何もできない。


「じゃあ、良人。珠姫も後で。」

「あっ、賢人!」

「ホント、遠慮なく連絡して。」

手を挙げて挨拶して、賢人は病室を出て行った。

呆然としながら、その様子を見ていた私を、良人が見逃すはずがなかった。

「珠姫。」

「なに?良人。」

人工呼吸器を着けている良人に、顔を近づけた。

「……賢人、珠姫の事……呼び捨てに……してた……」

「ああ……」

咄嗟に、目が覚めたばかりの良人に、心配をかけてはダメだと思った。

「いつの間にかね。良人の真似、したのかしら。」

「あいつ……らしい……」

うっすら笑みを浮かべた良人を見て、私は安心した。

「珠姫も……」

「ん?」

「……賢人って……呼んでいた……」

一瞬、呼吸を忘れてしまったかと思った。


「……変?」

何か言わなければいけないと思って、口から出た言葉は、そんなモノだった。

「……変……では……ない……けど……」

苦しそうに、返事をする良人。

嘘なんて、つきたくない。

「あのね、良人。」

私は床に膝をついて、良人の手を握った。

「賢人は、私が目を覚ましてから、ずっと私の面倒を見てくれたの。」

「珠姫……の……面倒……を?」

「うん。さっき言ってたでしょう?迎えに必要だったら、連絡してって。リハビリの帰りとか、病院から自宅まで送って貰っていたの。」

「そう……だったん……だ……」


嘘はつきたくない。

でも、嘘をつかなければいけない時がある。

「たぶん。私が良人の大事な人だから。賢人も私を、大事にしてくれたんだと思う。未来の……姉弟になるかもしれないじゃない?」

良人は、笑顔を浮かべていた。

「そんな風に、賢人を接している中で、もしかしたら、お互い姉弟みたいな、気持ちになったのかな。」

「そう……か……だったら……いいなぁ……」


私の手を、握り返した良人。

私を信じている良人。

その腕に光る、誕生日の時に贈った、ペアの腕時計。

何年も前になるのに、未だにつけていてくれる。

「良人。私、事故で腕時計、失くしてしまったかも。」

「また……買えば……いいよ……。」

「うん。」

良人は、賢人と同じように、優しい。


だったら、私はなぜ、良人を好きになったんだろう。

良人のどこに、惹かれたんだろう。

先に賢人に出会っていたら?

私は、賢人を選んでいた?

でも、情けない事に、私はその答えが出ない。

記憶を失っていた間、私はもう一つの恋愛をしていたとしか、理由は片付かない。


「良人。また、明日来るね。」

「ああ……待ってるよ。」

私は良人の手を、そっと離した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る