第16話 

私は受話器を置くと、急いで病院に駆けつけた。

『良人は、あなたの婚約者よ。』

それを聞いた時、私の中で何かが飛び散り、何かが固まった。

タクシーに乗っている間、“やっぱり”と言う気持ちと、“そんなの嘘”と言う思いが、交差する。

病院に着いて、お母さんに言われた病室を探すと、私はある事に気づいた。

その病室は、私が入院していた病室と、同じフロアにあったのだ。


一番奥の病室。

なぜ今の今まで、気づかなかったんだろう。

エレベーターの向こう側だったと言うのが、理由の一つだったとしても、退院する前なら、その向こうに行けたかもしれないのに。

自分を責めながら、ドアをノックして病室に入ると、その異様な雰囲気に、飲み込まれそうになった。

「珠姫さん!」

私を見つけてくれたお母さんは、涙がらに私を迎い入れてくれた。

「お母さん……ご連絡、有り難うございました。」

「いいの。それよりも珠姫さん!良人のところへ、行ってあげて。」

言われるがまま、私はベッドサイドの側に行った。


そこには、賢人によく似た人が、人工呼吸器を付けて、横になっていた。

「珠姫……」

弱々しい声で、私を呼ぶ声。

震える手を、私に伸ばしたその人。

私は直ぐに分かった。

この人が、あの温泉に行った時に、一緒に写真を撮った人。

私の恋人なんだと……

「お医者様もね、目を覚ましたのは、奇跡だって言うの。」

お母さんは、泣きながら私に説明してくれた。

「賢人にもな。こんな状態で、珠姫さんに教えるなって、何度も言われたから、教えるのも遅くなってしまって。」

付き添っていたお父さんも、涙を堪えきれず、溢れる涙を手で拭っていた。


「当たり前だろ……珠姫を置いて、先に死ねるかよ。」

掠れた声で、その人は呟く。

「良人……」

私は、良人の手を握った。

「ごめんなさい。私、今まで全然、ここに来れなくて。」

「いいんだ。聞いたよ……珠姫も、記憶が無くなっていたんだって?」

目が覚めたばかりなのに、私を気遣うなんて。

「良人………」

どうして、私はこんなにバカなんだろう。

良人の事を、ずっと忘れていたなんて。

「珠姫?」

「珠姫さん?」

良人もご両親も、私が突然泣き出して、驚いている。

「うわあああああ!」


賢人に抱いていた違和感。

それは、同じ人であって、同じ人ではない。

その記憶が、私の奥底で、燻っていた証拠。

それでも、愛した人を忘れていたなんて、なんて私は愚かなんだろう。

それだけが、私の心の中を支配し、私の中を罪悪感で、満たした。

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