第12話


賢人の車が、駐車場から出て行った事を確認して、私はソファに腰かけた。

引きずっている足。

何かを思い出そうとする度に、痛くなる頭。

賢人は、私は仕事をしていないと、ストレスになるっ言って言った。


でも、こんなんじゃ。

反って、周りのお荷物になってしまう。


私はため息をつきながら、ソファに置いてあった求人雑誌を、テーブルの上に投げ捨てた。

生活費は、医療保険や傷病手当てで、なんとか生活していけているけれど、いつまでもこんな生活、続けていいわけがない。


“焦らないで”


賢人や主治医の先生に、必ず言われる言葉。

頭では分かっているのだけど、心の奥が“早く!早く、大事な事を思い出して!”と、叫んでいる気がする。

「痛っ!」

また、頭が痛くなる。

静かに目を閉じるけれど、今度は何も見えない。

「あ~~!」

イラついて、ソファに横になった。

直ぐに痛みは治まったけれど、何も思い出さない頭痛は、本当に勘弁してほしい。

 天井を見ると、光っている蛍光灯が、やけに大きく見えた。

今日は朝から少し雲っていて、暗いと目が悪くなるよと、賢人が朝、電気をつけたのだ。

「だけど、私一人だからいっか。」

 

 私は起き上がって、蛍光灯のスイッチをOFFにした。

スッと消える灯り。

自然の明かりが、部屋の中に入ってくる。

とは言っても、曇りだからやはり暗い。

目は悪い方ではないと思うけれど、これ以上悪くはなりたくない。

「やっぱり、人の言う事は、聞いた方がいいわね。」

私は、もう一度蛍光灯のスイッチを、ONにした。

チカチカと、ついたり消えたりを、繰り返す蛍光灯。

いつもはスイッチに手を伸ばすのに、その時だけは、そのチカチカしている蛍光灯を、見入ってしまう。

「うっ!」

また頭痛がする。

フラッとして、その場に膝を着いた。

回る景色。


誰かが脚立に昇って、蛍光灯を取り替えてくれている。

『珠姫、取り替えたよ。』

取り替えた蛍光灯を、受けとる私。

『有り難う、……人。』

 

誰?

賢人?

暗くて顔が見えない。

「誰?そこにいるのは、誰!?」

幻に向かって、手を伸ばす。

「ごめんなさい!勝手に入って!」

目を凝らすと、縁側に通じる大きな窓が開いていて、外に大家さんが立っていた。

「近くを通ったら、人が倒れる音がしたから、慌てて入ってしまって……事故に遭ったって聞いてたし、また何かあったのかと思って……」

年配の女性である大家さんが、オロオロしている。

私は立ち上がって、頭を押さえながら、窓の近くまで行った。

「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫みたいです。」

「そう?ならいいけど、立ちくらみ?それとも貧血?」

「……ええ。」

これ以上、心配掛けたくなくて、そう言う事にしておいた。

「よかった。大した事なくて。」

大家さんは、安心したように、ふうーっと息を吐いた。

「何かあったら、遠慮なく連絡してくれて、いいんだからね。」

「大家さん……」


 私がその場に座ると、大家さんは、私の腕を掴んだ。

「あなたは、両親が亡くなって身寄りがないって言ってたけど、そう言う時は、人を頼っていいんだからね。」

胸がジーンと、熱くなる。

「私はあなたの事、娘みたいに思ってるんだから。」

大家さんの優しさに、泣きそうになった。

「有り難うございます。そう言って貰えると、心強いです。」

私は大家さんに、頭を下げた。

「いいのよ。私だって身寄りのない、独り者なんだし。」

「そうなんですか?」

「そうなの。主人も病気で亡くなっているし、息子も事故でね。だからあなたが事故に遭ったって聞いた時には、内心ヒヤッとしたわ。」

大袈裟に、胸を押さえる大家さん。

「ごめんなさい。息子さんの事、思い出させてしまって……」

「違うのよ、違うの。そりゃあ、少しは思い出したけどね。言葉は悪いけれど、あなたは生きててよかったって。そう言う事。」


なんとなく。

なんとなくだけど、母を思い出した。

そう言えば、母が生きていれば、大家さんと同じ年頃だったかもしれない。

「お互い独り身なんだし。近所なんだし。何たって、家を貸し借りしている仲じゃない?困った時は、お互い様。助け合って生きていきましょう。」

「はい。」

大家さんはそう言うと、また自分の家に戻って行った。

一人じゃない。

また、誰かに心を救われた感じ。


その時、家の時計が鳴った。

「あっ!リハビリの時間!」

私は引きずる足で、部屋に行くと、急いで身支度を整えた。

「間に合うかな。」

リハビリの時間が、短くなったとは言え、あまりに遅くなると、迎えに来てくれた賢人を、待たせてしまう。

家の鍵を掛けて、門を出た時だ。

曇り空から、光が射してきた。

「綺麗……」


それは、さっきの私の気持ちを、表しているような気がした。

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