第11話

 賢人と一緒に暮らし初めて、半年が過ぎた。

私のリハビリも既に終わり、私は多少足を引きずるけれども、松葉杖無しで歩けるようになった。


「仕事、探さなくちゃ。」

以前働いていた、市役所の仕事は退職した。

「焦んないでさ。アルバイトから始めたら?」

「うん。そうする。」

毎朝、ここから出勤して、夕方ここに帰ってくる賢人。

まるで、新婚夫婦のようだ。

「朝ご飯、できたよ。」

今日の朝食は、フレンチトーストにした。

「おお!美味しそう。」

向かいの席に座る賢人。

美味しそうに食べてる姿を見て、頭に痛みが走る。

「痛っ!」

「大丈夫?」

賢人は直ぐ、私の心配をしてくれる。

だがこの頃、こうやって痛みが走っても、一瞬の痛みで終わる事が多かった。

「うん、大丈……」

目の前にいる賢人を見て、目眩がする。

景色がクラクラと、回り出す。

 

 そして、治まりかけた頃、私の前に賢人によく似た人が、座っていた。

「賢人?」

よく目を凝らすけれど、なんとなく違うような気がする。

髪型は似てるかも……

でも、雰囲気が、


「珠姫?」

賢人の呼び掛けに、ハッとする。

「どうしたの?」

「……ううん。ちょっと、頭が痛くなっただけ。」

「そう……」

賢人はそれ以上、深く聞いたりしない。

そして、しばらく食器の音だけが、鳴り響く。

「ねえ、珠姫。」

手が跳び跳ねる程、驚いた。

「今まで珠姫が、過去の事を思い出す時って……」

「う、うん。」

「頭が痛い時だよね。」

賢人の微笑みに、私も微笑んだ。

「そう……かな……」

自分でも、ちょっと信憑性がない。


「だから、頭が痛いって少し辛いけど……過去の事を思い出す、きっかけになってるんじゃないかな。」

胸の奥が、ジーンときた。

こんな辛い事でさえ、賢人は前向きに考えようと、私に伝えてくれている。

「うん。そうだね。」

 

朝食を食べ終え、賢人を玄関で見送った。

「じゃあ、行ってくるよ。」

「はーい。」

お決まりの、いってらっしゃいのキス。

それも、いつもと一緒だった。

唇を重ねた瞬間。

昨日と同じ唇の感触なのに、脳裏には違う人の顔が、思い出された。

ハッとして、唇を離す。

「珠姫?」

賢人の顔を見ると、脳裏に浮かんだ人と、同じ顔だ。


どうして? 

どうして、違う人だと思うのだろう。


「もしかして、疲れてる?」

「えっ?」

「珠姫は仕事人間だからね。仕事してないと、ストレスになっちゃうのかな。」

“ああ”っと返事をして、賢人から離れた。

「ごめんなさい。」

「いや、気にしなくていいよ。」

私がちらっと、賢人を見ると、彼は何もかも受け入れてくれているかのように、笑ってくれる。

「じゃあ、仕事行ってくる。」

「うん……いってらっしゃい。」

私は、賢人に手を振った。

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