第10話

「そうだ。今日は、珠姫の大好きなカレーにしようか。」

「うん。」

「ここに座ってて。俺が作るから。」

賢人は私の背中をポンッと叩くと、キッチンへ向かって、買ってきた物を冷蔵庫へと入れた。


今更ながら、賢人が側にいてくれて、本当によかったと思った。

でも、事故に遭ってから、何度も何度も感じていた事。

その度に、賢人を信じよう信じようと、心に誓って。

それでも何かが、賢人を信じきってはいけないと、私に囁く。

それは、何なのか。

考えても考えても、それは底のない沼にように、辿り着けないモノ。

伸ばしても伸ばしても、手の届かないモノにように、それは感じた。


「はい、できたよ。」

「えっ?」

いつの間に、そんなに時間が経ってしまったのか。

「珠姫が考え事している間に、出来上がったよ。」

目の前には、賢人が作ってくれた、カレーが置かれた。

それとサラダ。

普段料理はしないと言っていた賢人にしては、なかなかの上出来だ。

「食べてみて。」

私はカレーを一口、食べてみた。

「美味しい。」

「でしょう?ルーが良かったんだよ。」

そして賢人は、高いカレールーは、やっぱり違う。


 これでも、両親が用事でいない時は、必ず自分でカレーを作るとか、高いカレールーを買えば、素人でも美味しくできるとか、語っていた。

それを、うんうんと聞きながら、そのカレーを食べる私は、一時孤独を忘れて、賢人との二人の時間を楽しんだ。

 

 お風呂から出ると、賢人はクローゼットから、白いシャツを取り出した。

「今日は、泊まって行くよ。いいでしょ?」

断る理由なんて、なかった。

「うん。」

私の返事を聞いて、少し戸惑いながら、シャツに首を通す賢人。

「緊張してる?」

「久しぶりだからね。」

賢人はバスタオルで髪を乾かしながら、私の横に座った。

「ビールでも飲む?」

「うん。」

私は立ち上がると、冷蔵庫の扉を開けた。

「珠姫も飲もうよ。」

「……そうね。」

私は缶ビールを2本取り出し、リビングに戻った。

「はい、賢人。」

「有り難う。」

二人で缶ビールを開けると、賢人が缶ビールを差し出してきた。

「辛い思い出だったけど、とりあえず、一つ記憶を取り戻したって事で。乾杯!」

「はははっ!乾杯!」

笑っちゃったけど、それも事実だ。


そして、そんな辛い記憶でも、こうして笑える事ができるのは……

賢人。

あなたのおかげ。


その後、私達は眠りについた。

隣には、賢人。

私に、腕枕をしてくれている。


一方の私は、眠れなかった。

ずっと、賢人の寝顔を見ていたかった。

安心しきった顔で寝ている賢人を、一瞬でも見逃したくなかったのかもしれない。

「珠姫?……眠れないの?……」

目を瞑ったまま、寝言のように賢人は呟いた。

「ううん……」

「さっきから、やたら視線を感じる。」

ごめんなさい。

心で呟きながら、笑いを堪えた。

「おかげで、目、覚めた。」

賢人は笑いながら、仰向きになった。

「珠姫って、寝付き悪いんだっけ?」

「ううん。ものの数秒で寝るわ。賢人も知ってるでしょう?」

「だよね。今日に限って、何で寝ないの?」

そう言って、大きな欠伸をした。

「なんだか、久しぶりに賢人の寝顔見てたら、寝れなくなっちゃって……」

「そんな、面白い顔してる?僕。」


半分寝ながら、笑みを浮かべている賢人。

さすがに申し訳なく思えてきて、今、考えている事を、言ってしまおうと思った。

「ねえ、賢人。」

私の心臓が、ドキドキしてきた。

「なに?」

「……この家で、一緒に住まない?」

急に振り向く賢人に、声が震える。

「もちろん、賢人が嫌じゃなければだけど……」

「そんな事、ないよ。」

完全に起きてしまったのか、賢人は少し体を起こして、私を見下ろした。

「嬉しいな。珠姫もそう思ってくれてたなんて。」

「もしかして、賢人も同じ事、考えてたの?」

「うん。」


この人と、生きて行く。

この人がいれば、生きて行ける。

そう思えてならなかった。


「珠姫、愛してるよ。」

「私も。賢人の事、愛してる。」

唇が腫れるまで、一晩中囁き合った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る