第9話

 それから毎日、お昼頃にタクシーを利用しながら、病院に行ってリハビリをし。

夕方、賢人の車で借家に帰ってきて、夕飯をご馳走し。

しばらくテレビを一緒に観た後、二人でお風呂に入り、賢人に髪を乾かしてもらう。

その後、賢人は車で自分の家に帰る毎日を、送っていた。


「泊まって行けばいいのに。」

「うん。そうしたいんだけど……」

賢人は眠い目を擦りながら、車の鍵を持つ。

「今、実家も大変なんだ。もうしばらくしたら、落ち着くと思うから。そうしたら泊まっていこうかな。」

そう言って、どんなに遅い時間になっても、賢人は家に帰って行った。


“実家も大変だから”

私の脳裏に、あのご両親の顔が浮かぶ。

人は見かけによらず、闇を抱えている事が多い。

私だってそうだ。

こんなに元気になっても、未だに事故前の記憶は、戻っておらず。

ふと、自分は何者なのだろうと、ふぁーっと風に飛んでいきそうになる。


ある日の事。

私はその日も、賢人の車で、借家に帰って来た。

「僕、荷物持って行くから。珠姫は先に、家の中に入っていて。」

「うん。」

病院からの帰り道。

近くのスーパーで買い物をし、その荷物を両手に持つ賢人。

それを見ながら、先に玄関の鍵を開け、家の中に入った。

すぐ側にあるリビングに入り、荷物を置く。

すると、賢人が玄関を開ける音がした。

「今、手伝うね。」

私は声を掛け、玄関に行こうとした。

「あっ……」

私は何かに躓き、松葉杖ごとその場に、倒れてしまった。

「珠姫!?」

大きな音に気づき、玄関にいる賢人が、荷物を置いて駆けつけてくれた。

「大丈夫か?怪我してないか?」

「うん。」

賢人は私を起こすと、松葉杖を取ってくれた。

廊下を見ると、買ってきたトマトが転がっている。


「ごめんなさい。驚かせて。」

「いいんだ。怪我がないなら。」

賢人は松葉杖を側に置いて、廊下に戻った。

何もかも、賢人に迷惑を掛けて。

ふぅーっと、息をついたその時だった。

手元に、何かの感触を感じた。

ああ、きっとこれに躓いたんだ。

私は、それを拾った。

写真立て?

私は裏面を返すと、その写真に釘付けになった。


両親と私が写っている写真。

3人家族。

私は一人っ子だった。


「あ……」

そして、次々と頭の中を駆け巡る映像。

社会人になってから、父が病気で亡くなり、母も後を追うように、病気で亡くなった。

住んでいた家は、母が生活の為の借金の返済に当てる為売り払い、私はこの借家に越してきたのだ。

たった一人。

たった一人で、生きて行く為に。


「はぁああ……」

息が苦しくて、私はその写真立てを落とした。

「珠姫。これ、どこに……珠姫!」

キッチンから、私を見つけてくれた賢人が、私の側に来てくれた。

「どうした?やっぱり、どこか怪我した?」

私は賢人にしがみついた。

「ううっ……賢人……賢人!」

泣きじゃくる賢人が、私の側に落ちている写真立てに、気づいた。


「これを見たの?」

私は大きく頷いた。

「思い出したの!お父さんが死んで、お母さんも死んで、私……私!」

「珠姫、落ち着いて!」

「お母さんが、たくさんの借金を抱えていたなんて、知らなかったの!だから、途方にくれて……生まれてからずっと住んでた家を、手放したの!全部、全部!」

賢人は黙って、私の話を聞いていた。


「お父さんのお葬式には来てくれた人とか、親戚とか、お母さんの時には、来てくれなかったの……そんな……お葬式をあげるお金があるなら……貸したお金を返せって……だから……一人で……一人で、お母さんをお墓に入れて……」

「うん、うん……」

「一人で逃げるように……ここに引っ越してきたの……ここに、一人で……」

すると賢人は、私を強く抱き締めてくれた。

「珠姫は、一人じゃない。」

「賢人……」

「僕がいる。珠姫には、僕がいる!ずっと、ずっと!珠姫の側には、僕がいる!」

そして、私も賢人を抱き締めた。

「一人じゃないよ、珠姫。」

耳元に聞こえる優しい声。

「珠姫、分かる?」

「うん、分かる。分かるよ、賢人。」


今は、この温もりだけを信じてみる。


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