第6話

「ねえ、賢人。」

「ん?」

「私、退院して自分の家から、リハビリに通おうかしら。」

賢人は驚いて、反対するかと思っていた。

「いいね。前に進もうとしているね。」

だが逆に、笑顔で私の思いを、受け止めてくれた。


「朝、僕が出勤する時に、病院まで送ってあげるよ。リハビリが終わったら、僕が迎えに来るまで、病院で待っていられる?」

「賢人が終わるまで?リハビリって、そんなに時間は掛からないわよ。いいわ。自分で帰る。」

呆れたように答えたのに、賢人はそれでも、笑っていた。

「それにしたって、退院したらご飯は?お風呂は?一人で服着替えられる?あっ、髪乾かしたりとか。」

今度は、私が笑った。

「退院しても、私の髪を乾かすの?」

「ダメ?これでも、結構慣れたよ?」

「心配性だね。」

「そりゃあ、そうなるよ。入院中は僕の仕事だったからね。本当に珠姫一人でできるかどうか、今から心配だよ。」


 賢人は、大変なこの状況でさえ、楽しもうと努力する人。

私みたいに、嘆いたり落ち込んだりする部分を、人に見せたりしない人。

こんな私には、賢人のようにポジティブな人が、必要なんだと思う。


「ねえ、賢人。」

「ん?僕にその髪を、預ける気になった?」

賢人の冗談にも、私は救われている。

「朝と夜、逆にするって言うのは?」

「逆?朝、珠姫が自分で病院に行くの?」

「そう。お昼頃に行けば、どんなに遅くなったって、夕方にはリハビリは終わるわ。それなら、賢人の仕事が終わって、迎えに来てくれるまで待っていられるし。そのお礼に、夕食は私が作るね。」

賢人は、少しはにかんでいた。

「夕食付きとは、考えたね。」

「でしょう?それなら、賢人は私の家で、ゆっくりしていけるわ。」

「そしてその後に、珠姫をお風呂に入れて、髪を乾かして、家に帰る。」

私達は、見つめ合いながら、微笑んだ。


「いいわね。二人仲が良くて。」

向かいのベッドのお婆ちゃんが、私達を見ながら、手で顔を扇いだ。

「なんだかお爺さんと過ごした、若い頃を思い出すよ。懐かしいね。こっちまで、顔が赤くなるわ。」

「お婆ちゃん。結婚するまでの間だけですよ。」

賢人は、向かいのお婆ちゃんにまで、真面目に答えていた。


そんな賢人が、私は大好き。

「ねえ、賢人。」

「なあに?」

「私の側にいてくれて、有り難う。」

 ふいをつかれた賢人は、嬉しさを隠すように、少しだけ俯いた。

「それは、僕の台詞。」

「えっ?」

「僕の方こそ……珠姫が側にいてくれて、本当に嬉しいよ。」

「賢人……」



賢人。

あなたは、絶望の淵にいる私へ注がれた、

唯一の光なのかもしれない。

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