第2話

 次の日。

 私は先生に言われた通り、いろいろな検査を受けた。

「脳の損傷も見当たりませんし。出血もしていないようです。記憶がないのは、一時的なものかもしれませんね。」

 主治医の先生は、ベッドに横たわる私に、そう告げた。

「勿論、上半身打撲に、両足の骨折ですから、長期入院して頂き、治療とリハビリを行って頂きます。その間に思い出すかもしれませんし、もし思い出さなかったとしても、焦る必要はありません。」

そう言って先生達は、病室を出て行った。


「珠姫。何も心配する必要はないよ。入院手続きだってしたし。あっ、そうだ。保険会社にも連絡しないと。」

恋人と言った彼は、今日も私の側に、いてくれる。

「賢人。」

私が名前を呼ぶと、彼は嬉しそうに、顔を上げた。

「あの……ごめんなさい。思い出したとか、そう言うんじゃなくて……」

そしてまた、頭が痛くなる。

「いいんだ。お医者さんも言ってただろう?無理に思い出す事はないって。」

「うん……」

頭痛が治まると、私はまた賢人君を見た。

「賢人は……普段、何をしている人なの?」

「僕は、普通のサラリーマンだよ。」

彼はそう言って微笑むけれど、その笑顔に見覚えはない。

 私は目線を、賢人から天井に移した。

「私達は、付き合ってどれくらいなの?」

賢人は、ゴクンと息を飲んだ。

「ごめんなさい。私、何も覚えていなくて……」

「いいんだ。気にする事はないよ。」

笑顔が、少し歪んでいた。

それはそうだ。

付き合っている間の事、全部忘れたなんて言われたら、傷つかない人なんていない。


「……珠姫とは、大学生の時に出会ったんだ。君が1年生で、僕が3年生の時だった。出会って直ぐに、付き合い始めたんだよ?」

「そう……」

「教育学部だった。二人とも、教師を目指してた。」


教師?

私が学校の先生を、目指していた?


「賢人は、教師にならなかったの?」

「教員免許は取ったんだけどね。雇ってくれる学校が、なかったんだ。」

賢人は、そう言って『ハハハッ』と笑った。

「私は……仕事は何してた?」

情けないけど、自分が何をして生活費を稼いでいたのか、それすらも覚えていない。


「君は、市役所の職員だったよ。」

「私が?」

「君も教員免許を取って、最初は中学校で教師をしていたんだけど、1年で辞めたんだ。」

「どうして?」

「ストレスで、体を壊してしまって。その後、父の紹介で市役所の、委託職員になったんだよ。」

他人の口から聞かされる、自分自身の事。


「ねえ。委託職員って、期間はどれくらい?事故にあって入院している間は、休暇扱いにしてくれるのかしら。」

すると賢人が、そっと私の肩に触れた。

「今は、仕事の事は忘れて。自分の体が一番だよ、珠姫。もし、仕事が続けられなくなったとしても、僕が珠姫の面倒を見るから。」

「そんな事……」

「どうして遠慮するの?僕は、君の婚約者なんだよ?」

「婚……約……者?」

 私に、結婚を約束している人がいる?

次々と聞かされる事実に、心がついていけない。


「疲れた?目が覚めて一日しか経ってないのに、いろいろ話したからね。一度寝たらいい。」

賢人は、私に布団を掛けてくれた。

「大丈夫。僕はずっと、珠姫の側にいるから。」

そう言って賢人は、ベッドサイドから立ち上がろうともしない。

「賢人。仕事は?」

「しばらく、休みを取った。」

「大丈夫なの?」

「婚約者が交通事故にあって入院だなんて。気が気じゃなくて、仕事なんかしてられないよ。」

 そんなに、私の事を心配してくれるなんて。

この人が、婚約者でよかった。

交通事故にあって、記憶喪失になった中での、唯一の救いかもしれない。

「ゆっくりお休み。」

「うん。」

私は賢人に見守られながら、眠りについた。


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