記憶の中の記憶

日下奈緒

第1話

 なぜ、ここにいるのか。

 どうして、こうなったのか。

 私には、分からない。

 ただ眠っていた事だけ。

 長い長い間、眠っていた事だけ。

 私の記憶にあるのは、それだけだった。


「珠姫(タマキ)?」

耳元に、誰かの声が聞こえて、私は重い瞼を開けた。

逆光で、顔までは見えないけれど、シルエットで男の人だと分かった。

「あなたは、誰?」

「誰って、僕の顔忘れたの?。」

もしかして、知ってる人?

その瞬間、頭に痛みが走った。


鈍い痛み。

身体のあちらこちらも、痛みを感じる。


「無理しないで。事故に遭ったんだ。」

「事故?」

全身の痛みのせいか、そう言われても、思い出す事ができない。

「とにかく、今、先生を呼ぶね。」

その男の人は、ナースコールを押すと、私が目を覚ました事を告げた。

「直ぐに来るよ。」

そしてその人は、私の手を握ってくれた。


温かい手。

ほっとする。


「あなたは、何て名前なの?」

ふいに、彼の名前を聞いた。

「名前?賢人だよ。知ってるくせに。」

「私は?」

一瞬、驚く彼。

「市田珠姫でしょ。何の冗談?」

私は手で、顔を覆った。

「分からないの……何も………」

「えっ?」

賢人と名乗った人は、椅子に座って私を見た。


「年は?」

私は首を、横に振った。

「住んでいる場所は?」

また、首を横に振った。

「……事故に遭った時の事は、一瞬で分からないと思うけど、さすがに事故に遭う前は、何をしていたか分かるでしょ?」

「分からないよ!」

私は痛い頭を抱え込むように、布団を被った。

「何も、覚えてないの?」

「覚えてないって、言ったでしょう!」


 自分が誰なのか、分からない。

 すぐ側にいる人も、分からない。

 何で?

 どうして!?


「記憶……喪失?」

私はそっと、布団から顔を出した。

「……記憶喪失って、何で?何で、私がそんなモノになるの?」

「事故の時に、きっと頭を強く打ったんだよ。もうすぐ先生が来るから。」


 賢人がそう言った矢先、主治医の先生が、病室に来てくれた。

先生は私の顔を見ると、ペンライトを取り出した。

「少し眩しいですからね。」

 目の上で、何度も何度も、ペンライトを行ったり来たり。

「瞳孔は、大丈夫ですね。ここがどこだか、分かりますか?」

 主治医の先生が、私に問いかける。

「……病院です。」

「私の職業は、分かりますか?」

「……お医者さんです。」

 先生は微笑みながら、次の質問をした。

「ご自分のお名前を、教えて下さい。」

 看護士さんからカルテを受け取って、先生は私を見た。

「……分かりません。」

 先生が看護士さんと、目を合わせる。


「覚えていないみたいなんです。」

 賢人と言う人が、代わりに答えた。

「あなたは?」

「僕は……」

 彼は私を見つめながら、こう言った。

「僕は、彼女の恋人です。」


 恋人?

 この人が、私の?


その瞬間、頭に痛みが走った。

「分かりました。明日、詳しい検査をしましょう。」

先生のその言葉で、私の1日目は終わった。

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