第17話 迷宮狂騒曲 次章

晴れ渡る空、日差しは雲に隔てられることなくエル達を照らしていた。

街の外に出るのであるなら絶好の外出日和であったが、ビィアの顔は天気とは真逆の顰めっ面であった。


「なんで徒歩で向かってるのよー……」


「仕方ないじゃない、その迷窟ラビリンスとかいうのが馬の通れない場所にあるって話なんだから。」


鶴嘴と見るからに安物の直剣を振り回しながらビィアへと諭すようにそう言うエル。

レムノルアから幾つか村を経て辿り着いた森林の中に迷窟は発見された。

迷窟というものは、発見したとしても基本的に放置される事が多い。

迷宮蟻は土を食らい、女王蟻が死ぬその時まで迷窟を拡張し続ける魔物であり、こちらから手を出さなければ迷宮蟻が迷窟から出てくる事はほぼ無い。


しかし何事にも例外というものは存在する。

それが今回のような、別の魔物に迷宮蟻が巣を乗っ取られたパターンである。



「村人の話じゃアラクネが迷窟に住み着いたから退治してくれ……とのことらしいっすけど……」


「アラクネぇ?無い無い、アレはそこらの村人が歩いて辿り着くような場所に巣なんか張らないって。魔物の中でも上位の引き篭もり種族だよ?もし人間を襲うつもりなら今頃あの村は蜘蛛の巣だらけになってるだろうし。」


いつの間に聞き込みを済ませていたのか、クラウスが近辺の村人の証言を二人へと告げるが、ビィアはそれを苦笑いで否定する。


「しかし、村人は確かに蜘蛛の身体から人の上半身が生えた魔物を見た、らしい……っす」


「ふぅん……ていうかさぁー、クラウス君だっけ?そんな無理して敬語使わなくてもいいんじゃない?」


「私もそれ何度も言ってるのに辞めないのよ、なんか棒読みで聞いててイライラするんだケド。」


一等星冒険者であるビィアと一等星級の実力を持つエルの視線が集中し、ついに堪えられなくなったのか杜撰なものとはいえ一応貼り付けられていたクラウスの化けの皮が剥がれる。


「ぐ……だぁーっ!わかりましたよやめりゃいいんだろ!?俺だってクソみてーな敬語だって分かってたよ!!」


「あー、なんかそっちの方がしっくりくる。」


「私もエルちゃんとどーいけーん。」


クラウスの中で不動の「危険人物」たるエルの癇に障らないよう、ロクに使ったこともない歯の浮くような敬語を使った結果がこの言われようであり、一応言葉遣いだけならば気楽に話せるようになったものの何か得体の知れない敗北感にため息をつくクラウスを一瞥しつつ、エルは何度目かも分からぬ光景を視界の端に捉える。


「ねぇビィア、貴女って魔物についてはどれくらい詳しいの?」


「んー?そりゃ私も冒険者の最上位だしそれなりに年季も長いからねー、一通りの知識は持ってるよ?」


「この鎧を着てからゴブリンとかそういう……なんていうか、雑魚?的な魔物が私から逃げるんだけど。」


鎧に強化されたエルの視界には確かにこちらから逃げるように全力疾走するゴブリンの一団の姿を捉えており、その目にはエルに対する恐怖が遠くからでもありありと感じさせられた。

今の自分が悪魔と間違えられ投獄され処刑されかける程度には凶悪な面構えである事は自覚している。

とはいえ、ゴブリンと言えば猿の方がまだ理性的な、骨の芯から本能と欲望で出来た魔物である。

ゴブリンの頭の中に自重と様子見の概念は無い。空腹を満たす為なら何だって食べるし何だって襲う。

流石に単体でドラゴンに挑むほど馬鹿ではないようだが、ゴブリンが五体以上でつるんでいれば迷うことなくドラゴンに飛びかかる程度には頭の出来が致命的な種族である。

そんなゴブリン達が如何に凶悪な見た目のエルとはいえ、高々人間一人から一目散に逃げるということがあり得るのだろうか。

そんな疑問をビィアへと投げかけてみれば、返ってきたのはビィアだけではなくクラウスも含めた二人分の「こいつは一体何を言っているんだ」という表情であった。


「……えーと、そりゃあいくらゴブリンだって周囲に「お前をぶち殺す」って意思の塊みたいな魔力を全方面に放出してるようなのには手を出さないでしょー」


「分かってやってたんじゃねーの?てっきり俺はそうだと思ってたんだが……」


どうやら二人の話を聞く限り、エルは周囲に極めて濃密な闇の、それもその一端に触れただけでも身体の竦むような敵意、悪意、殺意……そういった危険な感情を感じずにはいられない魔力を無差別に撒き散らしているらしい。

しかしエルはそんなゴブリンやオーガのように見境なしに暴れ、襲うような精神性を持ってはいない。


「それ私じゃないわ、多分この鎧が勝手にやってるんじゃないかしら。」


「……へぇ、もしかして呪いが付与された曰く付きの鎧だったりするのかな?」


それはどうだろう、とエルはビィアの意味深な眼差しを受け止めながら考える。

確かに見た目は凶悪、使う魔法は極悪、しかも脱げない最悪、「悪」もここまで揃えば捨てても売っても尚手元に一個余る面倒っぷりではある。

だが、仮にも故郷の村では御神体として祀られていた代物であり、見た目性能デメリットを差し引いてもただの村娘がドラゴンを瞬殺できる力を齎す極めて強力な鎧である。


「曰くはあると思うけど……呪いではないんじゃないかしら。一応私の生まれ故郷じゃ御神体ってことで大切にされていたものだし。」


「ふぅん、御神体ってことは神の……まぁ陽光の男神ではないわね、夜闇の女神に関係するものなのかしらね。」


この見た目を差し引いても陽光の男神に関係するものではないだろう。闇も死も、すべての魂の眠りと死を約束する夜闇の女神が司る属性であり、エルが食らった神裁魔法ジャッジメントを受けても浄化されない闇、となればそう考えるのが自然だろう。


「多分そうじゃない?私の村は全員闇神教だったから。」


「だった?」








「私以外皆死んだのよ。ぐっちゃぐちゃの肉片か、ぺしゃんこの地面の染みか、跡形も残さずね。」


極めてあっさりと。

昨日起きた他愛もない出来事を説明でもするかのようにエルは自分以外の村人がむごたらしく死んだ事実を話す。


「死んだって……それ病とかじゃねーよな?肉片とか、染みとか、跡形もなくとか……」


「ええ、村を頭のおかしいドラゴンが襲ったのよ。私はこの鎧が祀ってあった祠に詰め込まれたから見つからなかったけど、他のやつは赤子から長老まで皆殺されたわ。」


己の過去を話すエルの口調につらい、悲しい……そういった感情はない。ただただ起きた出来事を説明している冷静な様子にクラウスは幾度となくエルから感じたちぐはぐさを感じ取る。

ビィアもまたクラウスが感じたエルの異常性を感じ取ったものの、そういった手合いを見たことがないわけではない。力を得た代償に人間性を削ったような者はビィアが知る限りでも何人か存在する。

そういった者達は命を害することに喜びを見出す外道であったり、己以外を全て下等と見なす高慢ちきであったりするのだが、エルはそれらとは根本が異なるようにも感じられる。


「まぁそのドラゴンは私がぶち殺したし、ケリは着けて……迷窟ってあれじゃないかしら?」


エルが指差した先、そこには扉もなければ閂もない、来るものを拒むことはない……しかし、入ったものを帰すつもりもない。

そんな雰囲気を漂わせた不自然な洞窟の入り口が暗闇が続く穴をぽっかりと開けていた。



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