第16話 迷窟狂騒曲 序章
ビィアにとって、人を見極めるという行為は極めて重要な行為である。
ビィア自身の素の戦闘力は冒険者の中でも下から数えたほうが早い。
その為にビィアは常に誰かと組む必要があったし、その為に自身の命を預けるに足るかどうかを見極めることは必須とも言えた。
その上でこのエルという見た目も中身も素行も性格も何もかもがちぐはぐな人物を見極めた結論は、ビィアをしても「分からない」であった。
(なんだろうなー……子供を相手してるような、頑固なお年寄りを相手してるような……)
思っていたよりも常識的な人物ではある。
しかし時折なにか大きな食い違いのようなものが見え隠れするし、こちらを見ているようで見ていないかのような不気味さを感じるがこちらに興味がない、というわけでもない。
(んー、そろそろ鬱陶しがられそうだし別の方向から攻めてみるか……)
それなりにこの街に慣れてきたエルではあったが、警戒しつつ仲良くなろうとしてくる相手というものはある種の不気味さを感じさせた。
敵意は無い。気前よく食事を奢り、仲良くしようと笑顔を浮かべながら様々な質問を投げかけてくる……が、一度たりともビィアの目に浮かぶ警戒の色が薄れることはなかった。
仲良くしたいのか、したくないのか。
警戒してはいるが、その行動には偽りは感じられない。
牢屋越しに握手を求められたような気分とでも言うべきか、向こうから積極的に近づいてくるのに心は開いていないような相手というものは、エルの今までの中でも見ないタイプであり、なんとも言えない苦手意識が芽生えつつあった。
(こっちを騙そう、とか媚びよう、みたいな感じはしないし……)
エレボスの冥鎧を纏った今のエルには人の魂の揺らぎのようなものを感じることができる。
その者が何を考えているのか、などが分かるほど高性能ではなくあくまでもどんな感情を抱いているのか、といった程度ではあるのだが。
(警戒してるのに友好的?遠ざけたいのに近づいてくる?)
警戒しつつも媚びてくる相手や、エルから遠ざかりつつも表面上はにこやかなど、本音と建前が別の相手なら何度も見てきた。
しかしながら、相反する感情が相反することなく混ざった相手というものはエルにとって初めての遭遇であり、シンプルな感情を向けられることに慣れていたエルはなんとも言えない気味の悪さを感じる。
(適当にお礼言って切り上げようかな……)
互いに次の展開の足掛けを見計らい、奇妙な沈黙が訪れた中、切り出したのはそういえば、とエルへと次の課題を伝えにやってきたニーナであった。
「え、えーと、エル……ダアドルフォさん、ギルドからの次の課題なんですけど……」
「ん?あー………そういえば聞きたいんだけど、私あと幾つ課題をクリアすればいいの?」
「ええっとぉ……私はちょっと、その、存じてないんです、けれども……」
「歯切れ悪いわね……まぁいいわ、私は明日に備えないといけないからそろそろお暇させて……」
と、その時何かを考え込んでいたビィアがニーナへと問いかける。
「ねぇニーナちゃん、その課題ってのは?」
「え?あ、はい、迷宮蟻が作った
迷宮蟻とはなんぞや、とエルが疑問に思っているといつの間にか隣にいたクラウスがエルへと説明を行う。
既にエルが対象のことを知らない→クラウスが危険度を説明する→エルがあっさり討伐する、の流れが定番となっていた為にクラウスも慣れてしまった。
「迷宮蟻ってのはやたら複雑な巣を作る魔物だ…です。やたらに大規模な巣を作る割に迷宮蟻自体は四等星冒険者でも倒せるくらい弱いからよく別の魔物に住処を奪われるんスよ。」
「なんとも世知辛い魔物ね、つまりそういう乗っ取られた蟻の巣を調べてくるのが次の課題ってこと?」
これまでのクラウス曰く強力な魔物、らしい連中を討伐せよ、という課題に比べれば随分と平和的な課題だ。
「迷窟探検かぁ……ねぇニーナちゃん、それって私も臨時パーティで参加できない?」
「はぁ?」
突然の参加表明にエルのみならず、クラウスもニーナもビィアを見つめる。
ビィアはと言えば木製のジョッキ片手ににこやかな様子ではあるが、決して酔った勢いではない事はこれまでの様子を見ればエルにも理解できた。
「んー……私さぁ、貴女のことすごーい気になるんだけどさ、いくら話しても貴女のことが全然分からないのよねぇ。」
「身の上話とか結構話したと思うケド。」
「詳しい事は濁してた上に要約したらど田舎の村娘、ってことくらいしか教えてくれなかったじゃない。だからさ、いっそのこと一回組んでみようかなーってね。」
自分の実力をアピールしているつもりなのか、虚空をパンチする身振りをするビィア。
エルが張り手でもすれば腰からへし折れそうなビィアを見つめ、クラウスとニーナへと顔を向ける。
「別に付き添いが一人二人になったところで私は別に良いケド……ギルドとしてはどうなの?」
「そ、そこらへんはギルドマスターに聞かないとどうにもならないっすかね……」
どちらにせよ、エルは課題を受けそれを達成する。それだけのことだと結論付け、クラウスに明日の朝には出発することを告げて帰ることにした。
そして翌日、エルはにこやかにクラウスの隣で手を振るビィアを見ることになるのだった。
「やっほマスター、忙しそうだねぇ。」
「ビィアか、戻ってきたということはクラーケンは討伐したのか。」
「まぁね、「
諸々の仕事を終え、夕焼けの歌に帰ってきたラガは五日はかかるだろうと見立てて三日ほど前に与えた課題である筈のベヒーモスの首と、夕焼けの歌の二本の柱の一つたるビィアに出迎えられた。
「にしてもあのエルちゃんって子、凄いねぇ。ベヒーモスと取っ組み合いして叩き伏せた上に首を一刀両断だって。」
「……バハムートを釣り上げ、赤竜を叩き落し、グリフォンの羽を毟り取るような奴だ、まぁ予想はできてたさ。」
同行したクラウスから伝えられる、くだらない冗談のような実話に、ラガは今回の報告にもそう大した驚愕を感じることはなかった。
「……ぷっ、あはははは!なにそれ本部付きのあいつらでも出来なさそうなことやったの!?即戦力じゃない!どうして仮登録、だなんてまだるっこしいことしてんの?」
「………オットー氏を半殺しにしたんだ、彼女は。」
その一言に、笑っていたビィアの顔が引きつる。
ビィア自身はオットーの事をそこまで敬愛しているわけではない。
彼女の印象としては「いい人だが毎回顔を合わせる度にいい歳したおっさんが子供のような目で自分を見てくる上にしつこく武勇伝を聞きたがるちょっと気持ち悪いおじさん」であり、生きているのならば問題はないだろう、程度にしか思わないのだが、問題はビィアではない。
「それは……その、あいつがブチ切れそうな………」
「ほぼ確実にブチ切れるだろうな、仮登録も「課題」も奴が戻ってくる前に少しでもエルダアドルフォのこの街での印象を上げておくためのものだ。」
ギルド夕焼けの歌に所属するもう一人の一等星冒険者。
「
そんな男の前に領主を殺しかけたエルダアドルフォが現れればどうなるか。
そう遠くないうちに起こるであろう厄介ごとに、ビィアは頬を伝う冷や汗を拭う。
「まぁその時に備えて俺も色々と手を打つつもりだ。それよりも、わざわざ出迎えるとは何か無茶な相談でもするつもりか?」
「まぁねー、その件のエルちゃんのことなんだけどさ、一回私、彼女がどう戦うのか見てみたいんだよねぇ……具体的には
その言葉にラガは意外なものを見たかのようにビィアを見つめる。
ビィア・ビーセレス。
冒険者の中でも稀有な「後方支援完全特化」な彼女は単体ではなく、他の冒険者と組むことでこそ真価を発揮する。
その特性上、組んだ冒険者を一等星級の冒険者にまで
実力はあっても人間性が良くなければビィアは決してその者とは組もうとはしない。
「気に食わないから」という理由でパーティを組むことを拒まれた冒険者、冒険者パーティは既に百を超えている。
そんなギルド本部からの引き抜きを「いけ好かないから」という理由で突っぱねたビィアがあって一日も経っていないエルダアドルフォと組む、と言っているのだ。
「エルダアドルフォはお前の眼鏡に適ったのか?」
「んーん、むしろ分からないから組んでみようかなー、って。仮登録と一緒だよ、お試しお試し。」
で、どうなの?とビィアからの問いかけに数瞬考え込んだラガであったが、ある「条件」を出してビィアの参加を許可したのだった。
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