第15話 唄う一等星
「うわっ、なにこれベヒーモスの頭?」
死に顔としてはあまりに安らかな剛獣と呼ばれる魔物の生首に彼女はおもわず驚きの声を上げる。
ベヒーモスと言えば異常発達した筋肉によって城塞にすら穴を開け、その筋肉を覆う皮膚は生半可な刃物では傷一つつかない「物理殺し」と呼ばれる魔物である。
囮役がヘイトを集め、その隙に魔法による集中攻撃で倒すのが一般的な
(いくらなんでも傷が少なすぎだよねぇ……ベヒーモスってほんと頭の中の「止まる」って部分が壊れてるんじゃないかってくらい暴れ回るし、こんな綺麗な状態じゃ絶対倒せない。)
それに、と恐らくベヒーモスの死後に切り落としたのだろう首の切断面をなぞる。
「頭悪いくらい筋肉ギチギチで皮も頑丈なベヒーモスをこーんな綺麗にスパッと斬るなんて、
そして彼女が知る限り、この街のギルドに所属するもう一人の一等星冒険者にはこのような芸当は出来ない。
それにその人物は今は確か王都の武器工房に新調した自分の武器を取りに行っていた筈、ベヒーモスの首なぞ持ち帰っては来ないだろう。
他所のギルドの一等星冒険者が拠点ではない別のギルドに物を持ってくるとも考えづらい。
ギルドの支部が担当する地域とは実質その支部の
ごく稀に危険な魔物が大量発生した場合などは、本部である「例の牢屋」から冒険者の応援を求めることもあるが、少なくとも彼女はこの近辺でそんな知らせを受けた覚えはない。
となれば考えられる可能性は自然と一つになる。
「えーなになにー!?私がいない間に新しい一等星冒険者が増えたのー!?」
夕焼けの歌の中へと勢いよく飛び込んだ彼女、この街に二人しかいない一等星冒険者の片割れである「
「うっわなにそいつ!悪魔!?それとも魔族!?」
「は?」
「ふしゃーっ!」
もはや聞き慣れた単語は十中八九自分を指している、半ば確信めいた予想で振り返れば、そこには威嚇する猫のようにこちらを警戒する女性が立っていた。
動きやすさを重視した軽装備に、あまり戦いには役立ちそうにないナイフを腰に下げている女性は、この場所から察するに冒険者なのだろう。
うなじの辺りでカットされた癖っ毛が本人の警戒に合わせて揺れる様は雰囲気も相まって益々彼女を猫のように感じさせた。
「ビィアさん!帰ってこられてたんですね!!」
「ビィア?」
先程まで魂だけがどこかに飛んで行ってしまったかのように放心状態でエルに課された課題の一つである「ベヒーモスの討伐」完了を聞いていたニーナが女性の姿を見たとも同時に生気を取り戻し、笑顔で女性の帰還を喜んでいる。
自分とは随分な差ではないか、と若干むくれたエルの感情に反応したのか、鎧から放たれる威圧が増したが、眼前の
「ねぇクラウス、あれ誰?」
「ビィア・ビーセレス、ウチのギルドに二人いる一等星冒険者の内の一人だ……です、よ?」
「前々から思ってたけど敬語がつらいならやめてもいいのよ?」
兎も角、聞きたい事は聞くことができた。
要するにあの戦闘力の欠片もなさそうな見た目をした女性は、見た目によらずこのギルド内でもトップの実力者であるらしい。
「……まぁ、私には関係ないか。じゃ、私帰るから次の「課題」ってのが決まったら教えてちょうだい。」
「ちょっ!待った待った待った!私はあなたのことを何にも知れてないじゃない!って言うかその声、女の子なの!?ゴツすぎない!?」
「煩い………」
騒々しく周囲をちょこまか動き回る姿は猫というより犬だな、とビィアへの印象を改めつつ、エルは帰ろうとしていた足を止め、ビィアへと向き合う。
「エルダアドルフォ・ニュクセルシア・ヒュプノヴァニア。冒険者になるために課題をこなしてる半人前よ。」
「長い!エル、でいいでしょ!」
「別にいいわよ、以前はそう呼ばれてたし。」
何故かギルド内が騒然としたが、エル本人がエルダアドルフォという仰々しい名前をあまり好きでないのだから何の問題もない。
正直宿に帰って静かにくつろぎたいエルであったが、ビィアに引っ張られるままにギルド内のテーブルに向き合って座らされる。
「腸詰と蜂蜜酒、あと蟹!今日は蟹食べたい気分だから蟹の蒸し焼きお願いねー!で、貴女は何か注文する?奢るよ?」
「じゃあ私も同じので。」
一見すれば新入りに先輩風を吹かせているようにも見えるが、どうにもエルにはビィアの目が笑っていないように見える。
ここ連日警戒と恐怖の視線ばかり受けてきたエルはビィアが自分に対してフレンドリーなのは表面上だけのものだと理解できた。
「二人前でー!……さて、私の目が節穴じゃないなら、あのベヒーモスを倒したのは貴女でしょう?」
「そうね。」
「ベヒーモスと言えば一等星クラスの冒険者かパーティーが倒すような相手、それを大した怪我もなさそうなのに倒してしまったなんて、貴女相当強いんでしょう?だから私貴女のことがもっと知りた……」
要するにエルという人物がどのようなモノなのかを知りたいのか……と考えていたエルだったが、ビィアの言葉の中に聞き逃せない言葉があった事に思わず手でビィアの言葉を制止する。
「……今、なんて?一等星冒険者が倒すような相手って言った?」
「え?……そうだけど?」
「え?」
エルは無言で立ち上がり、こちらに気づいて後ずさったニーナの元へと歩み寄り、問い詰める。
「………今まで私、冒険者でもないのに滅茶苦茶難易度高い魔物の相手させられていたの?」
「へ!?そ、そうですけ、けど……もしかして、お気づきでなかったん、です……か?」
愕然としているエルだが、むしろ愕然としたいのはニーナの方であった。
バハムートの幼体から始まり、既に四件の一等星冒険者しか受けられない依頼を達成している目の前の人物が、まさかそれを自覚していなかったなどと。
というか、バハムートもベヒーモスも子供でも知っているような危険な魔物であり、当然承知しているものだと思っていたのだ。
第一、普通見れば分かる。どこをどう見ればあれが駆け出し冒険者が倒せる魔物に見えるのか。
「…………別に私は一等星冒険者になりたいわけじゃないんだケド、安定した収入さえ見込めれば四等星とかそこらへんで……」
「ぷふっ………もしかして…冗談、ですか?」
「は?」
「ぴっ!」
バハムートを釣り上げ、ベヒーモスを真正面から受け止める規格外が
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