第14話 黒鎧の齎した害と齎す益

「司教、例の調査資料です。」


「あぁ、ありがとう。」


光神教レムノルア教会。

この教会だけではない、レムノルア全域の光神教トップであるエルヴィンは提出された資料に目を通す。


「ヒュプノヴァニアなる家名の貴族に該当無し、やはり貴族に所縁のある人物ではない、か……」


仰々しい家名というものは貴族姓であることが殆どだ。

なにせ一般的な平民に長ったらしい姓名があったところで呼びづらいだけなのだから。

その為、冒険者ギルドも光神教もこの国のみならず他国の貴族の名を調べたにも関わらず、ヒュプノヴァニアなる家名は存在しなかった。


となればあの仰々しい名前で平民という事になるわけだが、あのように悪目立ちする鎧が歩いていたならば、必ず光神教の教会に知らせが来る筈だ。

何せあの見た目で素人でも理解できるような濃度の闇の魔力を辺りにばら撒いているのだ。

それがそんな知らせは辺境の教会にすら存在しなかった。

即ち本当に突然発生したのか、つい最近まであの鎧が人目につくことがなかった、ということだ。


「調べれば調べるほどに分からない……霞を掴もうとしている気分だ。」


ジャッジメントが効果を示さなかった以上、彼女(驚くべきことに女性)は少なくともアンデッドや悪魔のような邪悪な存在ではないことは証明されている。

しかし僅かな時間とはいえ、エルヴィンが見た彼女の人間性は、警戒するに十分過ぎる程に危うい。


夕焼けの歌のギルドマスターはあの鎧自体から周囲の者達に自身への敵対的な感情を抱かせる精神干渉のようなものが発せられている、と言っていたが、エルヴィンの胸中に渦巻く不安は決して精神への干渉によって生まれたものではない。


「冒険者ギルドは彼女を引き込むつもりか……確かに戦歌ディーヴァ竜鐵ドライグしか一等星冒険者が所属していない夕焼けの歌としては、純粋に高い戦闘力を持つ彼女を欲するのは理解できるが……」


バハムートの幼体、グリフォン、赤竜レッドドラゴン、ベヒーモス……


たったひと月の間に次々と運び込まれる一等星クラスが対応するような貴重な魔物に商人や職人達が嬉しい悲鳴を上げている、という話はエルヴィンの耳にも届いているが、これを全てたった一人が成したというのだから、冒険者ギルドが多少人格に問題があったとしても手元に置きたがるのは理解できる。


魔物のみならず北方の蛮国からの侵略の危機を抱えた北のギルド第二支部「極峰の風」。

冒険者に過酷な環境での戦闘を要求する砂漠地帯で活動する西のギルド第三支部「暁の蜃気楼」。

人間に対して敵対的かつ、最も精力的に活動する渦竜王ウヴォルテルクスを食い止める東の第一支部「渦征く船」。


他の支部と比べれば南は極めて平和であると言えるが、何の危険もないわけではない。

戦歌も竜鐵も、力のある冒険者ではあるが少々特殊な部類である上にたった二人でスプレスト王国の南部で発生した一等星冒険者が対応しなければならない案件を片付けるのは既に限界に近かった。


ただでさえ冒険者ギルドの性質上、優れた冒険者は王都に存在する本部「栄光の円卓」……否、あえて本部所属ではない冒険者達が呼ぶ蔑称を使うならば「星の独占牢」に引き抜かれるのだ、エルヴィンとしても自身の教区でもあるこの場所に確かな実力者が来ることは望ましい。


「望ましい……のだが、な………」


エルヴィンが思い出すのは例の事件から少し時間が経過し、ラガと共に意識を取り戻したオットーの見舞いを兼ねたエルダアドルフォの処遇について話しに行った時のこと………













「………元を正せば私の、悪癖が原因だ、彼女、には迷惑、をかけた……わ、私とし、しても夕焼けの、歌に、実力者が、増えることは……歓迎、する。」


後遺症、と言うほど致命的ではないがエルダアドルフォのあの「手」で小突かれた影響が抜けていないのか、顔を青くしながらもオットーは悪癖が鳴りを潜めた口調でエルダアドルフォの引き起こした一連の騒動を許すと答えた。


「……よいのですか?いや、ギルドマスターとしては助かるのですが……もう少し、こう……説得が必要かと。」


「なんというか、だね………なにか、肩、から……重荷を、降ろした気分、でね………それに、今、思えば、私はかの、彼女を……悪魔、であると……あまり、にも、疑わな、かった……」


「……その件について、お話が。」


事件当時のラガの言葉、実際に見たエルダアドルフォ……というよりも彼女の鎧の印象、そして過去の資料から立てた推測をエルヴィンは話し始める。


「ラガ、確か君はあの黒鎧は周囲の者に対して敵対的な感情を抱かせる効果があるのでは、と言っていたね。」


「あぁ、ウチの冒険者はともかく、職員に至るまで全員が同じ感想を持つのは流石に違和感があってな。試しに抵抗レジスト系のアイテムを持ち込んでみたが……なんと言えばいいのか分からないが、普通の精神干渉とは異なる感じがした。」


精神干渉、とは聞こえは悪いが要するに精神に作用する強化魔法である。

例えば精神干渉系の中でも最もポピュラーな「ブレイブハート」と呼ばれる魔法は、対象の恐怖や怯えといった感情を所謂「勇気」を増幅させる精神干渉魔法である。

ここで特筆すべきは精神干渉とは基本的に「感情の上書き」であるということだ。

犯罪利用される精神魔法第一位とも言われる「マインドコントロール」であっても、この人に従わなければならないという強迫観念を上書きすることで対象を意のままに操る魔法である。


しかし、ラガがエルダアドルフォから感じた干渉はそう言ったものとは毛先が異なった。


「……こう、なんというか……第一印象を強制的にねじ曲げている、とでも言うか。一番最初に抱く感情に干渉している、と感じた。」


「ふむ………オットー様、これは私の推測ですが、彼女は何らかの呪いを受けているのではないかと。」


そしてそれを踏まえた上でエルヴィンはラガとオットー、このレムノルアの要とも言える二人に提案する。



「願わくば光神教で解呪ディスペルを行う許可を彼女に提案していただきたい。」


場合によっては、エルダアドルフォを再び激怒させるかもしれない言葉を。

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