第11話 被害者は怒り纏いて罪を問う

何故自分がこのような目に遭わねばならないのか。

確かに見た目が恐ろしいのは事実だ、それはエルも認めている。

一挙一動が人間の常識と照らし合わせても受け入れがたいものであることも認めている。

だが、少なくともこの街に来て自分は一度だって悪事に手を染めた覚えはない。

確かに竜を招いてしまったのは事実ではあるが誰にも被害を出さずに倒したのもエルである。


だというのになんだこれは、とエルは無理矢理に光鎖ホーリーバインドを引き千切った腕でオットーの頭を鷲掴みにしながら光の柱から抜け出す。


「そんなに私が酷い目に遭うのが楽しいの?」


「が、あがぁぁあっ!!?」


エルの怒りに応えるように鎧の指にこもる力が増大し、頭ごと魂を握られたオットーが絶叫を上げる。


「馬鹿みたいに歓声を上げてさぁ……そんなに私が憎いの?」


エルの問いに答える者はいない。

神裁魔法ジャッジメントから無傷で現れたという事実をこの場にいる全員が信じきれていない。

何故なら、あの魔法は「邪悪」を滅する魔法であると同時に、対象が正しき存在であるという証明でもある。


ここまで「悪魔を打倒する」という共通意識の元に団結していたその根本が揺らいでいるのだ。

そして周囲の者達から悪魔と謗られ、あまつさえ自分が酷い目に遭っている状況に歓声が上がるという事実に、エルの中で泥のように渦巻いていた「不快」が遂に灼熱の溶岩の如き「怒り」へと塗り替えられる。


「あんた達が私をそこまで殺したいって言うなら…………」


投げ捨てられるオットー、普段ならば衛兵が脇目も振らずにオットーを介抱しに駆ける筈が、エルから発せられる威圧に誰もが……投げ飛ばされたオットー本人ですら痛みにのたうつよりもエルを呆然と眺める事を優先している。


「私があんた達を殺そうとしても、文句は言わないでしょうね?」


エルが右腕の親指のみを立てた所謂サムズアップのような形で腕を振り上げた次の瞬間、エルを中心に領主の屋敷を軽く内側に呑み込むほどに巨大な、漆黒の魔力をインクに用いた魔法陣が地面に浮かび上がった。


「と、止めろぉぉぉぉぉぉ!!!」


最上位浄化魔法であるジャッジメントが児戯に思える程の大規模魔法の行使。

如何に魔法に疎い者であっても理解させられる嵐の前の静けさに誰が叫んだか、悲鳴と共にこの場にいる全員がエルの魔法行使を止めんと走る。

が、その必死の阻止は一歩踏み出すまでもなく起点から潰されることになる。


「な、なんだ!?」


「ひぃっ!」


「あ、足をっ!俺の足を何かが!!」


極めて緻密な魔法陣から生え出た漆黒の骨を思わせる無機質な腕が魔法陣の内部にいる全ての者の足を掴み、逃がさない。

経験のない未知は恐怖以外の何物でもない、誰もが漆黒の腕を引き剥がそうともがくが、「腕」は剣も拳もまるでその場に何もないかのようにすり抜け、運悪く体勢を崩して倒れた者などは、全身を「腕」に掴まれ完全に地面に縫い付けられてしまっている。


それはラガとエルヴィンも例外ではなく、卓越した実力故か「腕」を引き剥がすことには成功しているものの、次々に生え出ては脱走者を捕らえんとする「腕」に逃げる事もエルに迫る事も出来ないでいる。


「魔力で形成された腕……だとしてもなんだこの出鱈目な強度は!?」


「私のホーリーですら弾くのが精一杯……「聖証の聖女」や「煌鎧の英雄」が出張る案件ですよこれは……!?」


無尽蔵に湧き出で、獲物を逃さぬ「腕」を魔力強化エンチャントの盾で、浄化魔法ホーリーで払い退けるラガとエルヴィンであるが、その場からロクに動けない以上、「腕」は正しく役割を全うしていると言える。

そして時間稼ぎとは本命の遂行を助ける為の行動であり、衛兵や冒険者が恐慌状態になる中、エルの「魔法」は完成しようとしていた。


「試したことはないケド……多分一瞬で死ねると思うわ。感想を聞かせてもらえるかしら?」


「待っ………!!」


「感想が言えたら、の話だけれど。」


魔法陣が黒い光を放ち、「腕」が捕らえた獲物の肉を握り千切らんばかりに力を強める。

エルが掲げた親指が真下に向けられ、今まさに振り下ろされんとする。


「地獄に堕ちろ。「ゴー・トゥー……!」


誰もがこれから起こる「何か」に顔を引きつらせたその時、


「待った!待ったエルダアドルフォさんっ!!」













クラウス・シートーク。21歳、職業は表向きはギルド「夕焼けの歌」職員。

彼の裏の職業、というよりも役目はギルドマスター直属の密偵のようなものであり、ギルドが注意する人物の監視などを主な役割とする者である。

そんな彼がたった一日とはいえ、エルダアドルフォ・ニュクセルシア・ヒュプノヴァニアなる人物を監視していて感じた率直な感想は、「中途半端」というものだった。


街中をドラゴンを引き摺りながら闊歩する非常識さを持ちながらも、金を払わずに屋台の商品を持っていくことはしない、など律儀にルールを守る。

公的権力に逆らうのはまずいと無抵抗で牢獄に叩き込まれる事もあれば、何が原因かは知らないが檻をぶち破って暴れる子供のような我儘も備えている。


要するに、常識と非常識が混ざり合って行動の一々がちぐはぐなのだ。

人の話を聞く竜巻、とでも言うのだろうか。

そこにあるだけで周囲に影響を与えるが話が通じないわけでもない。


だからこそ、ギルドマスターであり身元を保証する保護者のような存在でもあるラガと共にエルダアドルフォを取り押さえに急行し、エルダアドルフォが何らかの魔法を行使せんと大地から「腕」を出してこの場にいる全員の動きを封じる中、「エルダアドルフォの人物像」と「唯一「腕」に対して有利な魔法」を持っていたクラウスだけが動くことができた。






「ええと……そう!お預かりしているドラゴンの素材についてお話が!!!」


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