第12話 歩く災害に餌と手綱を
「怒り」を吹き飛ばすほどの「疑問」と「驚き」はエルにとって初めての経験であった。
いきなり上から降ってきた目の前の若者は一体何を言っているのか、と何の躊躇いもなく振り下ろそうとした右腕を思わず止める。
集中が切れた為か、魔法陣は自壊し、それに伴い「腕」も溶けるように消えていく。
それにより今まで「腕」に捕らわれ、魔法の効果を受けかけた者達が強烈な吐き気と虚脱感に悶えているが、既にそれらはエルの意識の外にある。
「ドラゴンの……素材?」
「か、間一髪……か…………」
「いや、間一髪でも百髪でも知ったことじゃないケド……え、なんで上から降ってきたの?」
数分ほど前に自分も似たようなことをしているエルではあるが、我が身を省みる事は他者を見るよりもはるかに難しい。
「まぁ、そこらへんは色々と……じゃねーや、ええとエルダアドルフォさん、何があったかは知りませんがね、とりあえずドラゴンの素材のどう扱うかで相談があるんで、そのここは矛を収めて頂けませんかね?………なんて。」
「いいよ。」
あっけらかんと、こうもあっさり承諾されるとは思わなかったのか、クラウスだけでなくこの場にいる全員が唖然とした様子でエルを見つめる。
「で、素材がどうしたの?別に私ドラゴンの鱗とかいらないけど。」
「あー、それは……」
言葉に詰まるクラウス。というのも、とりあえず「あの化け物の常識的な部分を引っ張り出せる言葉」としてドラゴンの素材についての話題を出しただけであり、実際素材をどういう取り分にするのかはクラウスの管轄外である。
どう答えたものかと視線を巡らせるクラウスに、エルは疑念の視線を向ける。
クラウスに届いたのは視線ではなくエルの疑念に反応した鎧から発せられる威圧感なのだが、ここでクラウスに助け舟が出される。
「あぁ、その話なら俺が変わろう。」
「マスター!」
「マスター?……あ、ギルドマスター?」
「ラガ・ボルドルックだ。あんたの話はウチの職員から聞いている。」
最初からエルに会いに来た職員とギルドマスター……という筋書きでラガはエルとクラウスとの会話に自然な流れで割り込むことに成功する。
そしてラガとクラウスがエルの注意を引いている間にエルヴィンとなんとか立ち上がれるまで回復した者達がエルを警戒しつつ未だに悶える者達を介抱する。
「ドラゴン三頭の素材ともなればこの街の商会も巻き込まないとならない。だから権利者である君も同席した上で……」
「あ、ちょっと待った。……あぁ、貴方じゃなくてそこのアホ中年。」
「ひっ」
会話を遮り、真っ直ぐに衛兵達によって運ばれようとしているオットーへと歩み寄るエルに、再び周囲に緊張が漂う。
震える身体で領主を守ろうとする衛兵を押しのけ、へたり込むオットーに視線を合わせるようにしゃがむ。
「もうあんたはどうでもいいケド、それでも一言言わないといけないかなって。」
「な、なん……だ……?」
敬語になりそうな言葉をかろうじて抑え込めたのは領主としてのプライド故か。
エルは金属の指でオットーの眉間を小突く。
「次はない。」
「おぐっ」
魔力を纏った「指」に魂を小突かれたオットーはこれまでの諸々の消耗の背中を押された形で気絶。
マント……否、マントの形をした魔力を翻しエルは硬い笑顔で固まったクラウスとラガの元へと戻る。
「さ、そのお話とやらの続きを話してもらえる?」
ギルド「夕焼けの歌」。
緊急で職員が招集され、円卓の机に職員が全員着席したことを確認すると、ラガは眉間によりっぱなしの皺を指で伸ばしつつ、今最も厄介な議題である「エルダアドルフォの処遇について」を話し始める。
「重傷者二十五名、軽傷者三十四名、領主オットーは諸々の疲労で寝込んでいる……どう取り繕っても
「幸い死者はいないようです、光神教のエルヴィン司教にはギルドの声明として感謝の言葉を送っておきます。」
「寄付もつけておいてやってくれ。彼らがいなかったら少なくともウチの冒険者も五人は死んでいた。」
しばらくの沈黙。確かに必要な事項ではあるが、この場で語るべき話題ではないことは領主の屋敷で起きた騒動を知る者ならば理解できており、無言の視線をラガへと向ける。
「…………まずはギルドマスターとして俺個人の意見を言わせて貰うならば、エルダアドルフォ・ニュクセルシア・ヒュプノヴァニアをこのまま犯罪者で終わらせるのは極めて惜しい、と考えている。」
実際に相対したからこそわかるエルダアドルフォの規格外の実力。
間違いなく冒険者としての最高位、一等星冒険者の実力を備えるエルダアドルフォをただの危険人物として終わらせるのはあまりに惜しい。
ギルドとて全ての支部が仲良しこよし、とは行かない。
折り合いの悪い支部間では常に水面下で相手支部の有力な冒険者を引き抜く工作が繰り広げられている。
「夕焼けの歌」には一等星冒険者が二人所属しているものの、双方ともに少々特殊な事例であるため、エルダアドルフォのようなシンプルに高い戦闘力を持つ冒険者は喉から手が出るほどに欲しい。
職員達もその意見に反対意見はないのか、異論を出すことはないがその顔は芳しいとは言えない。
「……しかしエルダアドルフォ氏の評判はその……最悪に等しいかと。」
「だろうな……」
既にエルダアドルフォが領主を半殺しにした、というニュースは街全体に広がっていると言っていい。
領民に慕われ愛されるオットーを殺しかけ、衛兵や冒険者に甚大な被害を与え、さらに言えばあの敵対的な感情しか浮かばない見た目の鎧。
結果的にとは言え、神裁魔法「ジャッジメント」による悪魔ではないという証明、疑惑が完全な冤罪であるという光神教のお達しがなければ今頃暴動になっていてもおかしくはなかった。
「このまま一等星として登録しても反発は免れないでしょう。」
「となれば……やはりもう一度あれをやってもらうしかない、か……」
少なくとも、捕まる直前までは「恐ろしいが凄まじく強い謎の鎧戦士」として好意的とは言えないが排斥的な感情は抱かれていなかった。
それはドラゴンを三頭無傷で屠る、という強烈な印象を大多数の眼の前で実演したからこそであり、街の人々に愛される領主を殺しかけた汚名はそれ以上の街を守ったという実績で濯がねばこの街の民は納得しないだろう。
「だからこその、「冒険者仮登録」と「監査期間」の適用ですか。」
「前例は無いが、そもそもあの人物自体が前例の無い未知の塊のようなものだ。実績を示して人々を納得させる。オットー氏は俺がなんとか説得しよう。」
そこで、だ。とラガは申し訳なさそうに二名の職員に視線を向ける。
「ニーナ、君には彼女の専属対応を。」
「ひゅっ………」
「クラウス、お前には一時的にだが彼女とパーティーを組んでもらう。」
「はぁ!?」
特大のハズレくじを引いてしまった二人は、全く異なる反応をしつつも同じことを思うのだった。
((なんで俺(私)が!?))
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