第5話 第一印象は見た目と挙動
エルが選んだのは、この街で最も宿泊費の高い宿屋だった。
根性がありそうな者に片っ端から話しかけ、その八割が怯えるか逃げるかされる中辛うじて会話が成立した二割の情報をまとめた結果、ここなら金さえ払えば宿泊できるのでは、と訪れたのだがエルの予想は正しかった。
受付の男性がひっくり返る、というアクシデントはあったものの、金貨を数枚積み上げれば無事部屋へと案内された。
「うわ……すごい、ベッドって跳ねるんだ……」
藁を積んで布で覆ったものをベッドと呼んでいた過去の自分を殴りたい衝動に駆られるが、これを体感できている理由を思い出し少しだけ気分が沈む。
思えば、ただの村娘である自分が一人で森を抜け、平原を越え、竜や獣を狩りながら街まで徒歩で行くだなんて想像すらつかなかった。
「お、お客様……おしょ、お食事です………」
宿屋の下男が全身を震わせながら食事を持ってきた。
その震えは寒さによるものではあるまい、何となく申し訳のない気分になりつつも今の自分が何をしたところで余計怯えて最悪食事をぶちまけられるだけだろう。
「………そこに、置いといて」
「はいぃ!!」
驚嘆する程の速さで食事を机に置いた下男は一度たりとも振り返ることなく部屋を出て行った。
扉くらい閉めてほしい、とエルは盆に載った食事を回収しつつ扉を閉める。
なにせ今の自分の食事方法は、控えめに言って極めて不気味だ。
「……安寧を保証する女神に感謝を。」
エル本人は信仰の欠片もないのだが、親も他の村人も皆熱心な闇の女神の信者であった為に習慣となった神への祈りを捧げ、食事を始める。
数秒の沈黙の後、鎧の手首の部分にさながらむき出しの血管のように張り巡らされていた荊のような細い管が蛇のようにしゅるりと伸びる。
それはエルの望む通りに伸びると、盆に載せられていた白パンにその先端が突き刺さる。
「味は分かるけど食感が分からないのがなぁ……」
荊が突き刺さった白パンはみるみるうちに萎み、色を失い、そして最後には欠片も残さず荊に吸収されてしまった。
獲物を喰らい尽くした荊は次の獲物を迷うように二、三度宙を彷徨っていたが、スープへとその先端を浸す。
「あー……お肉と野菜の旨味が分かるぅ……でも味だけなのよねぇ……」
味こそ感じるがそれを噛み締める感触も胃に溜まった感覚も無い。
味だけを楽しむ食事と呼ぶには疑問符が浮かぶ行為は、言葉としては味気ない、としか言いようが無い。
それに腕から触手じみた荊を出して吸収するように食べ物を摂取する光景は、どう見ても人間のそれではない。
もし誰かに見られていたら、とても面倒なことに……
なった。
「神の威光よ、邪なるを祓い、清浄を叶え給え。「ホーリー」!!」
何度目かも分からない浄化魔法の直撃が夜闇を照らす中、エルは何故こんなことにと遠い目になる。
尤も、こののっぺらぼうに宝石を埋め込んだだけの鎧姿で遠い目もへったくれもないのだが。
ふと視線を向ければ、部屋の外で「これで奴も終わりだな」とでも言いたげな視線でこちらを見るこの宿屋の主人と下男の姿が。
どうやら衛兵に通報したのは彼らのようだ……人を見た目で判断するなと親に教わらなかったのだろうか。
「やったか!?」
「くっ、未だ五体満足とは相当の悪魔だ……!」
「だが奴も動けないようだ!畳み掛けろ!!」
自分を包囲して槍を突きつけ、先程から浄化魔法をぶつけ続ける彼らはどうやら自分を悪魔だと信じて疑っていないらしい。
故郷の長老がボケでありもしない伝説を信じていたのでなければ、この鎧は見てくれこそ極めて邪悪だがむしろ浄化する側に属する代物な筈だ。
………見た目は極めて禍々しく、行動の一々が不気味な癖して、本当に聖なる鎧なのかとエルとしては甚だ疑問なのだが。
「………で、いつまで私は浄化魔法を受け続ければいいの?」
「悪魔め強がりのつもりか?次の浄化魔法が貴様の最期だ!!」
気炎万丈なのは結構だが、恐らく光神教の聖職者なのだろう女性の放つ渾身の浄化魔法は鎧の表面を綺麗にしているだけだと果たして気づいているのだろうか。
「私、人間なんだケド。」
「ホーリィィィ!!」
聖職者の女性が命を削るような勢いで浄化魔法を放つが、申し訳ないが彼女の渾身の浄化魔法は鎧の汚れを拭き取る手間を省いているだけに過ぎない。
「戯言を!ならばその鎧を脱いで姿を見せよ!!」
「うっ」
自らの潔白を証明するならば、最優先にすべきこと。
しかしエルはその言葉に対して黙り込むしかない。何故ならこの鎧は……
「いやその……あの………脱げないの、この鎧。」
非力な村娘に竜狩りを可能とさせるこの「エレボスの冥鎧」の最大にして最悪のデメリット。
この鎧は煮ても焼いても引っ張っても脱げない。
要するに、この自称聖なる鎧は呪われていたと言っても過言ではない欠陥品なのだ。
結局、このままではどうにもならないとエルは諦め、任意同行という形で牢屋にぶち込まれることとなったのだ。
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