第6話 善意の囚人を縛る鎖は理性

金貨数枚で高級な宿屋に宿泊した筈が、何故か冷たい牢獄で夜を明かすことに。

しかもオプションで鎖による雁字搦めの拘束付きだ。

聖句が刻まれた特別製だというこの鎖は、あらゆる邪悪の動きを封じ、更には常に浄化魔法が発動しているため縛り上げるだけで浄化され続ける代物だという。


魔物の中でも不死のアンデッドや魔界に住まう悪魔などを封じる代物らしいが、あいにくエルはそのどちらにも該当していない。

強いて言うなら眩しい、動きづらい程度の認識でしかないただの鎖だ。

鎧によって膂力に大幅な恩恵を受けている今のエルであるならば少し力を込めれば容易く砕くことは可能だろう。


(まぁ野宿よりはマシなのかしら……?)


少なくとも突然ドラゴンに襲われることはない。

とはいえ牢獄に住みたいかと問われれば断固として拒否を主張したいものではある。


結局鎧を脱げない……否、向こうからすれば脱がないエルの言葉には説得力がなかったらしく、こんなことになってしまったわけだが実のところこの鎧、決して脱げないわけではないのだ。

特定の条件さえ達成できれば鎧を脱ぐこと自体は可能である。であるのだが、肝心の条件がエルの努力でどうこうできるものでないために、脱げと言われてはい分かりましたと脱ぐことができない。

時折なにか淀みのようなものを感じ取るため、本当に呪われているのではとエルは疑っている。

神器を呪いの品に変えることが可能なのかはただの村娘であるエルにはわからないが。


四、五度はそう釈明したのだが、結局この有様だ。

名も知らぬ騎士が去り際に「明日の朝お前を裁く」と言っていたが、さてどうしたものかとエルは寝転がりながら考える。

少なくともエルは潔白である、元を正せば見た目で衛兵を呼んだ宿屋の主人が全て悪いのだ、それに浄化魔法を受けてもなんともない、というのはエルの潔白を証明する何よりの証拠に他ならない。

であるならば脱獄逃走は悪手ではないだろうか。

正直なところ、逃げようと思えばいつでも逃げられるし、衛兵が十人来ようが百人来ようが対処はできないこともない。


「まぁ、明日決めよう。」


窮屈とはいえ寝られないわけでもない。文字通り今の自分はであるので牢屋内の汚さもさほど気にならない。

この時ばかりは感覚をオンオフできる鎧に感謝した。








次の朝、エルが目を覚まして最初に見たのはどういうわけか、牢屋の中で踊る男の姿だった。


「……踊りで起こしてくれなんて注文したっけ?」


体が上手く動かない。気だるい全身に力を込めて立ち上がり、そういえば鎖で縛られていたのだったと気付いたのは信じられないとばかりに目を見開く騎士と視線が合った時だった。


「ば、馬鹿な……聖なる鎖が………」


「あー………ゴメンナサイ?」


と、エルは自分の身体に何かまとわり付いていることに気づく。

それはナメクジの粘液のように粘り気のある液体のような何かであり、煌々と光と熱を放ちながら主に頭から滴っている。


「なにこれ汚っ」


「あぎゃあああああああ!!!」


思わず反射的に手で顔に滴る何かを払いのけたところ、飛び散った雫がしゃれこうべに皮を貼っつけたような瘦せぎすの男の頬に命中。

ジュッ!と肉を焼く音が牢屋に響き、男は悲鳴と共に飛び上がり悶絶し始める。ここでようやくエルはこの奇妙な男が踊っていたのではなく苦しみ悶えていたのだと気付いた。


「溶けた銅を浴びて何も感じないだと……やはり化け物め!!」


「………いやいやいや。」


いくら囚人扱いとはいえ頭から溶けた銅を浴びせるのはやり過ぎだろう。

そう物申したエルだったが、騎士は聞く耳を持たない。

そもそもこの頭のおかしいおっさんは誰なのだと問えばまさかのこの街、延いてはこの土地の領主であると後ろに控えていた重装兵が答えた。


話を聞かない領主とやらの言葉から推測するに、どうやらエルの素顔を暴こうとしたらしい。

それに加えてエルに自分が悪魔であると白状させる為に拷問官まで手配したが、何をしても起きない上に叩いても焼いても斬りつけても傷一つつかない。

終いには溶けた銅を浴びせるという暴挙に乗り切ったが飛び散った銅が二次災害を引き起こした……というのが事の顛末のようだ。


「……………。」


正直に白状するなら、この狂人領主を八つ裂きにして街にばら撒いてやったらどれ程爽快だろうか、とエルは思わず発動しそうになったエルが使える魔法の中で最もな魔法をなけなしの理性で抑え込む。

どうやらこの狂人はエルが悪魔であると信じて疑っていないらしく、そして悪魔ならなんでもしていいと思っているらしい。


「……………。」


兜に表情はない。故にエルがどんな表情をしているのか目の前の領主達には分からない。

しかし、エルの感情は鎧から発せられる威圧がさらに重く、黒くなるという形で周囲へ撒き散らされる。

それは重装兵に後退りさせ、領主を檻から追い出す程の強い負のエネルギーであり、拷問官に至っては気絶している。


「え、ええい!なにをしている!さっさと捕らえろ!!処刑台へ連行するのだ!!」


「………よく分かった。」


「なに?」


「話せばわかる、そう思ってた私が馬鹿だったらしい。」


この鎧を纏う前の、ただの村娘であったエルならば。

で済んだ頃のエルだったならば、平手打ちを浴びせる程度で終わっただろう。

しかし、今のエルを怒らせたという事は。

エルが取る行動には躊躇いも加減もない。

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