第4話 未知の考察は第三者の特権

苦心して持ってきた二頭のドラゴンと、街にやってきたドラゴンはギルドで預かるが権利は自分のものである。

前金として数日豪遊して余りある貨幣が詰められた袋を携え、エルダアドルフォ・ニュクセルシア・ヒュプノヴァニア……やんごとなき血筋の末裔でも没落した青い血でもないただの村娘だった自分には仰々しいにも程があると感じずにはいられないエルはホクホク気分で街を歩いていた。


何せ行商すら来ないようなド田舎だった故郷では基本的に物々交換で成り立っており、貨幣というものが存在しない程度には原始的な経済形態であった。

故に当然エルは無一文であり、最悪路地裏で野宿という選択肢が現実を帯びる程度には切羽詰まっていた。


態々悪目立ちするのを覚悟でドラゴンを引きずって来たのも一宿一飯の料金をドラゴンの素材で交換できれば……という考えからだ。


何十年前かに村人の誰かが外から持ち込んだ冒険譚や娯楽小説が唯一、村という最小単位で全てが完結していたエルの故郷を辛うじて国の一部に踏み止めていたと言ってもいい。

つい最近まで村を囲う森から出たことがなかったエルは貨幣も、石造りの建物も、物見櫓より高い壁も見るのは初めてのことだった。


(にしても、やっぱりこんな鎧姿じゃ目立つなぁ。)


ドラゴンを牽引していた時と同等の視線を集めていることにエルは心の中でため息をつく。

祠に祀られていたこの鎧は村の長老曰く、二大神の片割れたる夜闇の女神に連なる神の力宿りし霊験あらたかなウンタラカンタラ……らしく、実際この鎧にエルは命を救われた訳だが、それを差し引いても深刻な副作用が存在した事は長老も知らなかったらしい。


(あ、美味しそう。)


「ひぃっ!」


自分の店の前で立ち止まり、その目と呼んでいいのか分からないが装着者であるエルはそこからものを見ている為、やはり目なのだろう宝石からの視線をぶつけられた露店の店主が悲鳴をあげる。

平均的な十代後半女性の身長体重であるはずのエルであるが、鎧を纏った今のエルは腰掛けただけで丸太が軋み、大抵の人を見下ろす程の巨躯になってしまっている。


そのくせ、体格の違う鎧を着ているという感触はなく、まるで鎧そのものが自分の身体であるかのように錯覚するジャストフィット具合な辺りは実際エルの想像もつかない不思議な力の宿る鎧なのだろう。

致命的なまでに見た目が邪悪であることが残念でならないのだが。

それはもう、湖畔で自分の姿を見た時に自分で悲鳴を上げてしまう程度には邪悪な見た目をしている。

実は長老は騙されていて悪魔の鎧を神器と有難がっていたのではと本気で疑うくらいにはこの鎧は禍々しく、しかし有用であった。


「これ、一つ。」


「あ、あぁぁ………」


(駄目だ、話にならない。)


この状態では何を話しかけても怯えられるだけだろう。

屋台で売られていた串焼きは諦め、宿を探すことにしたエルだったが、半ば確信めいた予感があった。

恐らく余程仕事人としてのプライドが高いところでなければ、宿泊は拒否されるだろう、と。













今はこのギルド第四支部のギルドマスターであり、かつては一等星チーム「要塞組フォートレス」の「外壁」でもあったラガ・ボルドルックが見たものは、己の居城と言っても良いギルド「夕焼けの歌」の眼前で石畳を粉砕して絶命した赤竜の成体と眠ったように死んでいる亜成体の赤竜二頭、そして慌ただしく動く職員と冒険者達の姿であった。


「……これは何事だ?」


「あっ、ギルドマスター!お待ちしてました!!」


「いや、前置きはいい。なんだこれは?」


かつては大概の無茶をやらかしたラガではあったが、流石に何をすればこのような状態になるのかは理解できなかった。

そうして聞いた話によれば、突如として現れた全身鎧のエルダアドルフォ・ニュクセルシア・ヒュプノヴァニアなる人物がこれをやったのだという。

曰く、亜成体を狩られた敵討ちに街に襲来した親竜をたった一撃で仕留めた。

曰く、奴は悪魔の手で竜の魂を握り潰した。

曰く、奴は人間に化け損なった悪魔であり、体格と声が一致していないのはその為だ……



「さっぱり分からん。」


自分が帰還する数時間前のことだというのに情報が錯綜しているのは、余程衝撃的な光景だったのだろうか。

結局その日はドラゴンの処理で一日が潰れ、翌日の早朝に会議室へ緊急で職員を集めたラガはそのエルダ何某について話し合うことになる。


「原理は不明ですが竜三体を苦もなく屠る実力は本物です。とりあえず暫定的に二等星プレートをお渡ししておきましたが、あの実力は「戦歌ディーヴァ」や「竜鐡ドライト」にも劣らぬものです。」


「……飛び級で一等星にする価値がある、と?」


「少なくともあの場にいた者で文句を言う者はいませんよ。」


立場こそ職員であるが、ギルド創設からラガの右腕として夕焼けの歌を支えてきた男をしてここまで言わしめるエルダアドルフォ・ニュクセルシア・ヒュプノヴァニアなる人物。

もう一度来るよう伝えてはいるらしいが、一体如何なる人物なのか。


「彼……いや、声的に彼女?の素性ですが少なくともこの国の貴族にヒュプノヴァニアという家名は存在しません。」


「他国の貴族という可能性は?ノーラッドの奴がそこらへんは詳しかったろう。」


「少なくとも帝国の有力諸侯にヒュプノヴァニアという家名は存在しない、と。」


スプレスト王国の西に隣接するアガアルス帝国に詳しい冒険者でも知らないとなれば、さらに別の国かそれとも偽名か。


偽証看破ペネトレイトは?」


「反応していませんでした、間違いなく本名かと。」


その特性上、冒険者登録とは最も簡単に身分証明をすることができる。

その為、冒険者登録を犯罪者が隠れ蓑にしようとすることは当然であり、冒険者ギルド側も対策は立てている。

その一つが偽証看破、要するに嘘発見器である。


人間は嘘を吐く際に必ず何らかの痕跡を出す。こればかりは歴戦の詐欺師であっても偽装は不可能である。

偽証看破ペネトレイトは一見ただの指輪にしか見えないが、嘘をついた際の魔力のに反応して熱を帯びる性質がある。

ギルドが全力でその存在を隠している為、偽証看破の存在を知るのは国とギルド、そして製作した職人のみである。


その為、ギルド職員は相手が嘘をついているのかどうかを指輪が熱を帯びるか否かで判別することができる。

そしてエルダアドルフォの一連の会話において指輪が熱を帯びることはなかった。


「………で、クラウスの奴は?」


「ええ、エルダアドルフォ氏を追跡させてます。」


ラガが挙げた名は、夕焼けの歌に所属する密偵……冒険者の素性調査や監視などが役目の隠密の名である。

当然冒険者側にはその存在は明かされておらず、建前上はギルド職員の一人としている。

と、噂をすれば影がさす。焦った様子の青年が駆け足で会議室へと入ってきた。

普段は気怠げな態度の目立つ青年が焦っているという事実に、ラガは面倒事を予感する。


「まずいことになった……あ、ギルドマスター、戻ってたんですか。」


「前置きはいい、何があった。」


「それが……」


青年、クラウスは一度額の汗を拭うと、先ほどまで監視していた馬鹿でかいあべこべ鎧に起きた事実を簡潔に告げる。


「あのデカ鎧、衛兵にしょっ引かれました。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る