第3話 隔絶した力は竜を蝿とする
それは全身に憤怒を漲らせていた。
愛しい我が子達が帰ってこない、ようやく母の手を借りずとも狩りができるようになったとはいえ、まだまだ未熟な子供達が巣を抜け出してから帰ってこない。
それは末席とは言え最強の生物の一頭たる力で我が子を探した。
それの五感は鋭く、一日と経たないうちに我が子の痕跡を見つけた。
それを追って飛んでいけば、我が子の匂いはあの小賢しい餌の住処へと続いていた。
そして母は見つけた。眠ったように動かない、されどそれの五感を以てすれば熱を失い、間違いなく死んでいる我が子の姿を。
「グァルルルルァァァァァ!!!!」
それ……二頭のドラゴンの母竜である
例え脆弱な餌であろうと群れれば竜すら狩ってしまうことも、餌共の住処で暴れれば地の果てまで追いかけられて命を狙われるだろうことも承知していた。
ただ一つ赤竜の美徳であり欠点であったのは、彼女が人間でいう子煩悩であったことだ。
赤竜の中で全ての安全策がマグマの如き怒りによって消し飛び、ただ愛する我が子を殺した憎き仇を餌共の住処ごと焼き滅ぼすべく急降下を開始する。
まずは我が子のすぐ側にある巣を破壊し尽くす。そして次はそこから湧いてきたゴミ共を焼き尽くし………
「ソウル・クラッシュ。」
「ガ、カ────」
巣穴から出てきた黒いナニカが手を掲げた次の瞬間、赤竜は第三者の視点を得た。
自分が今飛んでいる場所よりも少し高い場所、眼下には憎き餌共の住処とそれ目掛け急降下する自分自身の姿。
現状を理解し、何故こうなっているのかと疑問に思ったその時には、赤竜の魂は彼女を握る巨大な漆黒の「手」によって圧壊した。
赤竜の襲来。考えられる原因は亜成体のドラゴン二匹以外に他ならないだろう。
その怒りの咆哮を聞いたあらゆる者達が慌てふためく中、当事者たるエルダアドルフォは呑気に冒険者の証である星を象ったプレートが出来上がるのを待っていた。
「あ、プレートは首にかけられるようネックレスにしてくれると助かる。」
「え、いや、それどころじゃ……」
膝から砕けたニーナからバトンタッチした最年長の男性も、ドラゴンの襲撃に対して何も思っていないかのような泰然自若とした態度に思わずしどろもどろな言葉遣いになってしまう。
と、ここまで誰もがその威圧に慄いていた者達の一人がついにエルダアドルフォへと話しかける。
「お、おいっ!あんたっ!!」
「……何か?」
「あんたが狩ったドラゴンの親だろあれ!どうしてくれるんだよ!!」
「………どうする、とは?」
本気で何を言ってるのか分からない、といった態度にエルダアドルフォへ話しかけた男は遂に恐怖を完全克服しブチ切れる。
「テメェが原因なのになに無関係面してんだっつってんだよ!!」
「……あぁ、つまり何とかしろってことか、いいよ。最初からそう言ってくれればいいのに。」
まるで窓を閉めてくれ、と頼まれたかのように竜狩りを受諾したエルダアドルフォに、逃げようとするもの、武器を構えるもの、慌てふためくもの……その場にいる全員が動きを止める。
その巨躯の歩みに木製の床が軋み、この場にいる全員がエルダアドルフォへと道を譲る。
若干通りづらそうに入り口をくぐり、見上げた先には急降下を開始する赤いドラゴンの姿。
「……届くかな?」
冒険者が固唾を呑んで見守り、一般市民が逃げ惑う中、エルダアドルフォの右腕に風もなくはためいていたマントが意志を持ったかのように纏わりつく。
それは数秒程スライムのように蠢くと、右腕の形をコピーしたかのように不定形から漆黒の人ならざる腕へとその形を変える。
「いっ……せーのっ!」
可愛らしい掛け声から放たれた可愛さの欠片もない「手」が矢の如く発射される。
漆黒の「手」は一直線に赤竜へと飛翔すると、その身体に傷一つ付けることなくすり抜ける。
しかし、赤竜には明らかな変化があった。
すり抜けた「手」は発射時の開いた形ではない、接近する赤竜と全く同じ姿形、しかし半透明なもう一頭の赤竜を掴んでいた。
「ソウル・クラッシュ。」
遥か上空故に音は聞こえない。しかし、この場にいる全員が「グシャッ」という音を幻聴した。
それ程までに呆気なく半透明の赤竜は握り潰され、卵の殻のように砕け散った半透明の赤竜。
そして半透明ではない赤竜の身体から突如として力が抜ける。
全身が弛緩し、興奮で多く分泌されていたのだろう唾液を口の端から漏れ出させながら赤竜は降下ではなく、落下していく。
そして、大地を揺らし整備された石畳を地面ごと粉砕して赤竜は墜落した。
赤竜の怒りが命ごと掻き消された中、沈黙が辺りを支配する。
赤竜の亡骸は墜落の衝撃で全身がへし折れた無残な姿となっているが、それでも冒険者達は理解する。
あの二頭の亜成体のドラゴン、傷一つなく眠っているかのように死んでいる二頭をどうやって殺したのか。
あれが答えだ、あの肉体を傷つけず魂を握り潰すあの漆黒の「手」がこれをやったのだ、と。
「………で、私のプレートは出来た?」
焦燥のしの字もない平静そのものの態度、今度こそこの場にいる全てが彼女に恐怖する。
エルダアドルフォ・ニュクセルシア・ヒュプノヴァニアという存在にとって、この程度。
怒り狂う竜、という王国騎士団の総力が出動するに足る災害ですら、待ち時間の暇潰しに蝿を叩き潰す程度でしかない。
「………………………少々お待ちを。」
職員の男が完成した三等星プレートを渡さずポケットの中にしまった事を誰も咎める事はなく、その一段上であるミスリル銀製のプレートと「後日もう一度来てください」という言葉の意味に異を唱える者もいなかった。
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