Scene016


『隆へ。

 お前がこの手紙を読んでいる時、もう私はこの世にはいないだろう。明生あきお共々、迷惑をかける。まあ、財産はそれなりに遺したつもりだ。それで美味いものでも食べて、飲み込んでくれ。

 さて、およそ言いたいことは生前に言ったはずだ。だから、ここに記すことはもちろん、生前で言えんかったことだ。

 しかし……やはり、遺書というのはなんだか嫌だのう……。死を受け入れるというのは、死を受け入れている時というのは、死んだ時よりも死んだ心地がして、生きている実感が沸かん。読むのもなんだか億劫おっくうだと思う。故に、これは書き置き程度に考えてくれればいい。事実、これは書き置きに他ならない。


 さて、隆、お前が「この世界」についてどの程度知っているかは分からない。だから、もっとも基本的なことから書き始めようと思う。どうせ私に似て、明生に似て、勉強も大して得意でもないだろうしな。

 まず、この大陸は一枚の板の上に存在している。そして、その板は神獣と呼ばれる、像が支え、その像は亀の上に乗り、ウロボロスの大蛇が世界を結んでいる。あくまで言い伝えではあるが、それは真実だ。これくらいは知っているだろう。

 そして、大陸の縁には『深淵』が広がっている。……そういえば、この大陸はかなり『深淵』に近かったな……最近の自然災害はそれも原因しているのかもしれんな。

 深淵にも言い伝えがある。


 曰く、深淵を見たものは生きて帰ってくることはできない。


 大昔のことだ。コロンブスという名の男が、大海に船を出した。西の彼方へ船を漕ぎ出したが、彼はついに帰ってこなかった。また、ガガーリンという男がシャトルに乗って深淵を飛び越えようと試みたが、果たして彼がもう一度日の目を浴びることはなかった。

 深淵に落ちて像に食われたのやもしれんし、大陸を見下ろす蛇に一飲にされた可能性もある。

 いずれにしても、深淵を越えようとすれば命を落とす。だから、無闇にそういうことをするべきではないというのが、生物のルールだ。

 けれど、だからと言って深淵から避けて通れぬのが世の運命。


 神獣は人類に貢物みつぎものを要求した。


 ところで、自然災害は神獣に引き起こされている。地震は神獣が大陸を揺らすことで発生し、雷雨は蛇の魔力と言われている。無論、世界をコントロールしているのはこの神獣たちだ。

 それがここ最近威力を増しているのはお前も感づいているだろう。

 確かに、この国では自然災害が頻繁に起こるが、これほどのものは、私の長い生涯でも初めてた。そんな規模の災害が頻発しているとなると、危うい。

 だから、人類は神獣らがいる『世界の裏側』に人間を捧げることにした。

 まあ、しかし、これも過去の話。現在は『巫女』による儀式で賄っている。

 実際、人間を捧げ、『巫女』の儀式を行った時から、災害は、起こったとしても像の寝相、蛇のよだれ程度のもの。事実上の問題解決だった。

 ちなみに、その犠牲になった人間や『巫女』がどういう人々だったのか。それは、正直私も判然とはしないのだが、特別な家系の縁者なのだろうな。そもそも、巫女自体、普通に生きていれば出会うこともない存在だ。

 ……まあ、我々は出会ったわけだが。


 そう、ホープ。あの娘はその『巫女』なのだ。


 まあまあ、それは、はっきり言って仕方のないことだ。

 選ばれて、否、その家系として産まれた以上、どうしようもない。

 しかし……あの娘は若すぎる。

 私も、八十年弱生きているのだから、一人くらい、巫女に会った人物を知っている。

 そいつが言っていた。「巫女はただのババアだった」と。

 小綺麗な、と付いていた気がするが、いずれにしても、巫女は年寄りだったのだ。

 それもそう。赤ん坊が儀式など行えるわけもなく、若いものは体力はあるがそれでも未熟だ。

 そして……自然災害の被害拡大。

 恐らくだが、何かしらの因果で、神獣の腹の空いた周期が早まったか、巫女の家系に何かあったか。それはわからないが……。


 大陸の崩壊が近づいている。


 そこでだ。隆。

 お前が彼女を深淵まで導け。

 ホープにはサポートが必要だ。

 この手紙を読んでいるのがいつになるのかは分からないが、正直猶予はあまりない。少なくとも、ホープが成人になってからでは遅すぎる。

 これは、今年一年でケリを付けねばならない問題だ。それを過ぎればどうなるかわからない。

 大層なことを言えば、人類を救えるのはお前らしかおらん。

 死に行く者の最後の頼みだ。


 どういう訳か、ここまで書くと、死ぬのが多少怖くなくなった。

 死ぬというのは、案外怖くないものなのかもしれんな。

 遺言は果たした。後は追伸だ。

 一応、行くかどうかの決断はお前次第だが、金は用意してある。場所は同封してある。そう、長い旅にはならんと思うから、それで足りると思う。足りんかったらすまん。


 決して短い人生ではなかった。

 そして、決して短い人生ではない。

 その人生。私は幸せだったと思う。

 ひ孫の顔は惜しくも見れんかったが、まあ、孫の顔まで見れたんだ、私は満足だ。

 最期はどうなるか知らんが、家族と孫と孫の彼女と可愛い世話係に見守られて死ねるのなら、これ以上に求めるものはなかろう。

 それじゃあ、人生を楽しめ。


 七月二十一日 世永生太郎』

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