Chapter02「終わる世界」

Scene008


 正直に言うと、俺たちはもう付き合っていることになっている。

 ていうか、付き合っている。

 俺はあーだこーだ言いながらも、結局、相星の口車に乗せられて春のテストから授業に復帰した。夏の試験ももちろん受けた。結果はまあまあだった。

 そんな一学期期末テストの最終日、つまりは終業式の日に、クラスの女子に詰問された。


「叶絵と世永って付き合ってんの?」


 前置きもなく、間投詞さえ挟まずに、いきなりの質問だった。ちなみに、彼女の名前は瀬戸内海恋みこという名前だった。キラキラネームといじるとグーで殴るような、冷血な女子だ。

 俺はその質問に


「そんなことねーだろ」


 みたいな、他人事らしいような答え方をしたけれど、そう思っていたのは俺だけだったようで、当の相星は付き合っているつもりでいたらしく、俺が「ああ、そうだったんだ」と納得したことをきっかけに、お互いに付き合っている、という関係に収まった。

 そんな感じで俺と相星の交際はスタートした。

 とは言っても、世永隆も、相星叶絵も、瀬戸内海恋も、後で紹介する健堂剣けんどうつるぎも、等しく受験生なのだ。

 相星は平凡にそこそこの私立大学を、瀬戸内は卒業が危ういからまずは学校の勉強を、健堂は剣道の推薦で進学できるから勉強はマイペースで、各々別々の進路に進もうとしていた。

 俺は特に目標もないので、けれど、大学は行っとけと四方八方から横槍を食らったので、とりあえず相星と同じ大学を目指すことにした。


「良いよな、隆は。彼女なんかとイチャコラ一緒に勉強できて、それで同じ大学目指して」


 健堂剣は見た目は黒髪の好青年で、スポーツマン然として、ある程度勉強もできて、よくいる真面目な男なのだが、喋ると見かけと名前に似合わずチャラケた雰囲気が現れる。それが災いしているのか、単純に縁がないのかは知らないが、彼女はいないらしい。


「なんだよ、嫉妬か? 俺は別にそういう対象になるつもりは到底ないんだが」


 県立図書館の広い庭で、俺たち四人は昼ごはんを食べていた。

 夏休みに入ってからはこの四人で図書館で勉強するようになった。なぜ目標も違う四人が顔を突き合わせて勉強しているのかは、聞かないというのが暗黙のルールだった。

 勉強会は健堂が部活を終える正午過ぎから始める。彼以外の三人は先に集まって軽く勉強をして、健堂がやってくる時間に昼食をとり、午後から本腰を入れて勉強する。そういうルーティンで夏休みを過ごしている。


「ケンケンも作ればいいじゃん。剣道部に女の子いないの?」


 紙パックのカフェオレを飲みながら、瀬戸内が聞いた。ホットパンツから長い足が覗いていて、とても大人っぽい。ところで、健堂のことをケンケンと呼んでいることについて、瀬戸内が健堂の下の名前をケンと読んでいるのではという意見と、健堂の健を二つ重ねているだけだという意見があるが、未だに定かではない。


「いないんだよなあ~。ほーんと。でも海恋ちゃんが付き合ってくれるってんなら、俺はオールウェイズウェルカムだけどね」


 みこっちゃんという少々くすぐったい呼び方を瀬戸内は苦手らしいけど、健堂はそれを意にも介していない。


「そんなだからダメなんだよ。もういっそのこと真面目男子演じればいいんじゃね?」

「なんでさ。俺は、これで、俺なの!」


 健堂を見ていると、下手くそなアフレコビデオを見ている気分になる。それくらい、外見と内面が一致していない。

 そんな彼に相星が口をはさむ。


「また告白してきた女子に『思ってたのと違う』って言われてその日に別れちゃうよ……」

「うわあああ言うなあああそれはやめてえええええええ」


 頭を抱えて悶える彼を女子二人は笑う。もうおにぎりを平らげた健堂はベンチにもたれ掛かった。手には緑のラベルのペットボトルが握られていた。


「あれはまじでトラウマだから! ……っていうかそれどこで聞いたの?」

「見てた」


「見てたのおおおおおお」と消え入る声で言った後、彼は魂が抜けたように脱力した。実は俺たち三人はその現場を目撃していたのだ。実際には瀬戸内が噂を聞いてアタリを付けていたみたいで、大して興味はなかったのだが、俺たちは覗き見させられたのだった。

 まあ、健堂は悪いやつじゃないし、顔もいい。所謂優良物件だと言える。その気になれば彼女くらい作れるだろう。

 健堂に幸あれ。


「海恋っちはどうなの?」


 相星が尋ねる。ちなみに、みこっちゃんはダメだが、みこっちはオッケーらしい。あるいは、相星だから了解しているのかもしれないが。


「私? 今は興味ないかな。相手もいないし」

「いや、だから俺が」

「おお、生き返った」

「ケンケンはないかなー。どっちかって言うと、私はりゅーの方が好みかなあ」


 瀬戸内は脚を組み直して、触れてしまいそうなくらいに顔を近づけてきた。一応彼女の前なんだが……。


「もし叶絵に飽きたら私に寝返ってもいいんだよー?」

「無理無理、海恋っちが隆君と付き合ったら三日ももたないよ」

「お前が言うか……」


 至極ごもっともではあるから、否定はできない。

 だよねーとサンドイッチを一口食べる瀬戸内。その隣の健堂は「なんだよー」と言った後、


「へー、見てろよ! 俺が剣道で世界一位になったあと、後悔しても遅えからな!」


 そこは落ち着いた声で澄ました顔でもすれば、画になるのにな、と思った。

 健堂はお茶の残りを平らげてゴミ箱に放り投げた。それはわずかに外れ、縁に跳ね返って遠くへ転がっていった。それを見て、また笑う。

 そういう、夏の一場面。

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