25年後の恋

大西 明美

第1話 別れは突然に

1992年1月8日、僕は死んだ。享年15。

左右を確認せずに近所の薬局からダッシュで道路に飛び出したところ、ダンプカーにはねられてしまったのだ。即死だった。


右手にコンドームを入れたビニール袋を握ったまま死ぬなんて。

ミキが「親、今夜は遅くまで帰ってこないの」っていうからさぁ…

彼女の家まであと50メートルだったのに。


ああ、童貞のまま死んでしまった。

うわぁあ、セックスしたかったよぉお!


「ふむふむなるほどな」と、オジサンは僕の話を最後まで聞いてくれた。


実は、この話をしているオジサンが神様である。

髪は肩まであるうえに、もじゃもじゃのくせっ毛。しかもこぶとりの50代っていうところかな。なぜかリラックマのTシャツに緑色のジャージを履いている。神々しさは全くない。


でも、不思議と神様だってすぐわかった。人間は死んだら誰が神様なのかわかるようにできている。死んでみてはじめてわかった。


「で、おまえはいったいどうしたいのか」

めんどくさそうに、ぼりぼり頭をかく神様。


ああ、はずかしい。でも勇気を出して言うぞ!


「あの、生き返って彼女とセックスをしたいです」

「む」



神様が右手にもっている杖をふると、スクリーンのようなものが出てきた。

映し出されたのは、煙突だ。よく見ると火葬場だ。

「現実をちゃんと見ろ。もうおまえが生き返るための肉体はない」

「わー!」僕は立ってられなくなりしゃがみこんで顔をふせた。


あー!セックスも知らずに僕は死んでしまった。あと50メートル歩いていれば。

コンドームを買ったのが恥ずかしくて、逃げるようにダッシュしなければよかった。


「神様、時間を戻すことって出来ないんですか。せめてコンドームを買う前に」

「時間を戻すことだけはやっていないのだよ。それをやれば人間は反省をしなくなってしまう。だから時間は戻せない」


なるほどな。間違っていると反省をしたり、後悔をしたりしなければ、人間は何度も同じ過ちを繰り返すだけだ。僕でもそれはわかる。


じゃあ、他になにか方法はないかなぁ。

うーんと、うーんと・・・。僕は必死で考えた。

でも、3分もしたらすぐに思いついた。時間を戻すんじゃなくて、進めるのはどうだろうか。


「あの、生まれ変わることはできませんか?」

「それな。ふっ」


ん、なんだかいまバカにされた?

「タクヤ、おまえ輪廻転生のこと言っているんだろ」

「はい」

「そーゆーのは、受け付けてないっつーかね。基本やってない。めんどくさいし」


神様は鼻をほじりながら言った。

「天国が一番いい場所だろ。わざわざ差別も不正も悪もいっぱいある地上に戻る必要ないっしょ。カワイイ子いっぱいいるから、ここで新しい彼女見つけなさい」


うーん、かわいい子。まあここで見つけてもいいか。

ーいや、ダメだ。やっぱりあの子以外考えられない。


「イヤです! 僕はミキと一緒になりたいんです。彼女の代わりはいません」

「うむ」


神様は、全てをわかっている。僕がなぜミキを愛したのか。

15歳にして、一生出会えないかもしれないめぐり合いをしたことも。


「お願いです! 彼女は運命の人なのです!どうか僕を生まれ変わらせてください」

「運命ってか、おまえそもそも15で死ぬ運命だぞ。私がそう決めたんだから」

「うう…。残酷すぎます! なんで15歳で殺すんですか。しかも童貞卒業直前に。意味わかんないですよ!」

「意味のないことなんて私はしないよ」


神様はそう言って僕の頭をぽんとたたいた。

その瞬間大粒の涙がこぼれてきた。天国でもどうやら泣くことは出来るらしい。


「もう一度生かしてくれるなら、僕は絶対に彼女だけを愛し抜きます。信じてください。絶対です」

「うーん…めんどくさいなぁ」

神様は上を向いて、しばらくじーっとしていた。


「そこまで言うなら、生まれ変わらせてやってもいいぞ。神はなんでもできるからな」

「やった、それでこそ神様」

僕は神様をぎゅっと抱きしめた。

ところが、次の言葉ですぐに我に返った。


「しかしな、いまから生まれ変わらせるにしても、赤ん坊からだぞ」

「といいますと?」

「彼女との歳の差は妊娠期間も入れれば16歳差になるぞ。それでもいいのか?」


ーうっ。忘れてた。そうだ、もう同い年になることは出来ないんだ。

「あの、それって僕が15歳になったら、彼女は31歳ってことですか」

「だから最初からそう言っているだろう」

「・・・ですよね」


僕はため息をついた。16歳の歳の差なんて乗り越えられるんだろうか。

ーいや、彼女の代わりはやっぱりいない。あんな人とはもう二度と出会えないはずだ。


「わかりました」僕は条件を飲んだ。たとえ16歳年上だったとしても僕は彼女を愛しぬくぞと。手にぎゅっと力がはいる。


あ、でも…。一つ問題がある。

「神様、記憶を消されてしまっては彼女を探すことが出来ません。

 どうか、記憶を残したまま生まれ変わらせてくれませんか」


神様は少し考えていた。

「そうだな…。そのかわり前世の記憶を持っていることをほかの人に絶対言ってはいけないよ。言った瞬間に前世の記憶を奪うからね。

 あと、これは私からのサービス。もう一度同じ親から生まれ変わらせてやろう。そうしたら彼女を探しやすいだろう」

「やったー!」


僕は飛び上がって喜んだ。嬉しい気持ちを抑えることなんてできない!

「じゃあ、今から地上に送ってやろう」

「え、今から? まだ母が妊娠してないでしょ」

「天国だから時間はワープできるんだよ。それじゃ行くよ!チンカラホイ!」


僕の足元に小さな黒い穴ができた。見る見るうちに同心円状に広がっていった。

そしてストンと落ちた。

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