第14話 覚醒
屋敷の中庭には十分な広さがあった。そこに俺とカリマが、2人で向き合って立っている。互いに鎧を着込み、剣を1本。カリマは腹ごしらえを先ほど済ましたが、その前までは幽閉されていたのだから完璧なコンディションではない。俺の方は分からない。調子も実力も、何1つ確信出来る物はない。
バルザロは屋敷の2階から中庭を見下ろしている。その表情はカリマの提案にまだ納得がいっていないようで、怒りと不安のちょうど半分といった所だった。
俺とカリマが始めようとしていたのは戦いだ。
希望に賭けて剣を取る。いつもそうしてきた気がする。
そして今回も、唯一の解決策は戦って勝ち取るしかないようだ。
カリマの提案はこうだった。
「バルザロ様の魔術実験へ全面的に協力して頂く代わりに、これから私がトルイ様と一緒に暮らします」
最初は言っている意味がわからなかった。実験に協力する事と、カリマと一緒に暮らす事が等価交換になる理由が分からない。俺にはミルラがいる。損しかないのでないか。だが次にカリマが続けた言葉で俺はようやくこの取引の意図を汲み取った。
「私は『あなた達』に勝てます」
バルザロ曰く、俺の中の魔王が出現する条件は、「死に瀕している事」らしい。戦闘や怪我によって生命に危険が及ぶと、俺がかつて共有した魔王の意志が呼び起こされる。信じがたいが、信じる他にない。
そして一度魔王の意志が蘇れば、俺は自分の身体のコントロールを失う。ただ純粋な悪意と支配への渇望が俺の人格を圧迫し、野獣と化す。そして理性を取り戻した時には、俺はすっかりその事を忘れている。
この危険な状態のまま、ミルラと我が子の待つ家に帰れるはずがない。何かの拍子に死にかけた時、そのまま俺が死ぬだけならいいが、家族を殺してしまう可能性が大いにある。しかも家族を殺した事すら、きっと俺は忘れるだろう。
それを防ぐには、もしも俺が魔王になった時にカリマが俺を倒せばいいというのがカリマの提案だった。
だが、カリマが魔王に勝てる保証はない。だからバルザロは反対した。まず2人の命が危険であるし、カリマが魔王に負ければ結局最悪の結果に変わりはないと。だがカリマは譲らなかった。
「勝って証明します。お手合わせを」
そして俺とカリマは戦う事になった。
対峙していたのは俺とカリマだが、これは2人の戦いじゃない。俺とカリマは、俺の中の魔王と、協力して戦っている。だから1対1でも1対1対1でもなく2対1だ。
カリマが剣を抜く。俺も同じタイミングで構える。カリマは淡々とした口調で告げる。
「まずは魔王を呼び起こしますが、本気でかかってきて下さい」
「ああ」と、俺が答えた瞬間、カリマが飛びかかってきた。
華奢な腕から放たれているとは思えないくらいに鋭く重い斬撃。初撃はこちらも剣でかろうじて弾けたが、カリマはその反動を利用して身体を回転させ、俺の鎧の繋ぎ目を狙って更に加速した二撃目に繋げた。完璧な防御は間に合わない。そのまま入れば、右腕が切り落とされる。鎧で受けるしかないと判断し、その抵抗はなんとか成功したが、留め具が弾け飛んで俺の右肩が露出した。
「片腕を失うくらいの覚悟はして下さい。その方が安全です」
再び距離を取ったカリマ。言っている事は正しいが、俺も易々と片腕を差し出す訳にはいかない。
心臓が全力で鼓動を始めた。汗の噴出を肌で感じる。カリマは本気で俺を殺す気だ。
すると、頭の中で誰かが呼んでいる気がした。「よこせ」そう言っている。
「いきます」
再びカリマの突撃。しかし同じ軌道ではない。フェイント。横に薙いだ剣から一度手を離し、もう片方の手でそれを掴む。そのまま弱点となった俺の右肩目掛けるかと見せかけ、前蹴りが入る。バランスが崩れる。1度の攻防でいくつの罠を張っていたのか。洗練されている。いや、というよりも、俺の動きを「知って」いる。知った上で、対応が間に合わない手を打ってきている。
身体は地面に叩きつけられ、剣を持つ腕が足で押さえ込まれている。そしてカリマが振り下ろす剣が、やけに緩慢に見えた。早くなるはずの切っ先が、段々と速度を落とし、そこに映る太陽の光までもが、やけにはっきりと見えた。
次の瞬間、喉を掴まれたような気がした。カリマの手ではない。苦しくなり、呼吸が止まった瞬間、意識が吹き飛びそうになったのを感じた。まだカリマのトドメの一撃は俺に当たっていない。それらの衝撃はむしろ、俺の頭の中から湧いているようだ。
気づくと俺は立っていた。剣を握っている。カリマの頬から血が流れている。どうやら反撃に成功したらしい。だが、どうやって?
身体の自由が効かない事に気づいた。勝手に地面を蹴り、勝手に振りかぶり、勝手に斬撃を放っている。そこに俺の意思はない。しかし代わりに、俺には記憶があった。
最初の記憶は仲間との別れだ。旅してきた仲間が、恐怖に満ちた目で返り血を浴びた俺を見ている。どうやら仲間の内の1人を俺は殺したらしい。
次はバルザロの実験室での記憶だ。拘束され、訳の分からない魔術をかけられ、死にかけた。酷い頭痛で胃の中の物を全て吐いた。
それから森の中で1人で暮らした。孤独で死にそうになって、真夜中に叫びながら走り回った。俺の声を聞く者は誰もいなかった。
蘇る記憶に気を取られている間も、俺の身体はカリマと戦い続けていた。防戦一方だった先ほどとは違って、今度は俺の連続攻撃をカリマがかろうじて凌いでいるように見えた。
悪意の記憶が反転する。
ある日、黒い鎧を着た3人の男達が襲ってきた。俺はそれを返り討ちにした。無残な死体を見下ろしながら、後ろで震えている女を次は殺そうと決めたが眠くなったのでやめた。
訓練場のような場所で兵士達と戦っていた。兵士の実力は大した事はなかったが、その中にカリマがいた。殺そうとしたが、持っていたのが模擬剣だった為トドメはさせなかった。骨を割る感触に満足した。
ロードワースは俺に騙し討ちを仕掛けた。複数の仲間による待ち伏せ。俺はそいつらを何人か殺したが、肝心のロードワースは殺せなかった。右手を叩き折ったが、数には勝てなかった。唯一の負けだ。ロードワースは俺の正体を知っているようだった。
そして今、俺は目の前のカリマを殺したくてたまらなくなっていた。
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