第13話 可能性
泣いた所で問題は解決しない。それは分かっている。冷静に、今俺の置かれている状況を考えるべきだ。記憶がなくてむしろ良かった。こんな時でさえ俺には、自分が過去と連続した自分ではないような、俯瞰した視点がある。
今一度考えてみよう。このバルザロという男が嘘をついている可能性はないか?
我が子と対面して、ミルラの記憶を思い出した理由はとりあえず「何か特別な力」以外に考えられない。突然治ったのだとしたら、それ以降俺の記憶能力その物は依然として壊れたままなのは不自然だ。そうなると必然、「何か特別な力」が遺伝するのも事実だという事になる。そして俺の能力も「親」から遺伝した可能性が高い。
そうだ、あくまでも可能性だ。
見落としていたが、俺と子が同じ能力を持っているのは血縁で説明がつく。しかしながら、勇者と魔王が同じ能力を持っていた事は血縁ではなく偶然だった可能性もあるのではないか。もっと言えば、魔王に同じ能力があった事すらも事実ではないかもしれない。
何せ魔王の事を良く知る人物は少ない。敵ではあるが、俺もその中の1人だが、俺には記憶がない。もしもこのバルザロという人物が嘘をついているのなら、俺にそれを確かめる術はない。
「私が嘘をついている」
熟考する俺を黙って見ていたバルザロが、突然口を開いた。
「それがあなたにとって最も幸福な可能性の1つでしょうな」
その通りだ。俺の中に魔王がいない確認が出来れば、俺は今すぐにミルラのいる場所に戻る。子供を一緒に育てながら、俺自身も同じ歩幅で新しい記憶を獲得していく。明確な幸福だ。
「あなたは魔王討伐後、あなたと魔王の関係、そして能力について分かっている事を書いた手記を用意しました。人里離れて暮らしていても、その肝心な事を忘れてしまってはまた戻って来てしまいますからね。ですがどうやら、あなたはそれを燃やしたらしい。あなたが住んでいた森の家から、炭になった手記を見つけました。当然字は読み取れませんが」
「そんな物はいくらだって捏造出来る」
俺の指摘に、バルザロは至って平静に答える。
「ええ、その通り。あなたには1度、ミルラと共に城へ戻って来た時に同じ説明をしたのです。しかし、その時もあなたは信じなかった。仮に手記が事実だったとしても、自ら証拠を隠滅するはずがない、と」
でなければ、何の為にわざわざ自分から隠居したのかが分からない。
「なので、新しい証拠を用意する必要があった」
そう言うと、バルザロはローブの中から3枚の紙を取り出した。そこには魔法陣がいくつか描かれている。机の上に並べると、バルザロが1枚ずつ説明する。
「これらの魔法陣は、描かれた者が発する魔力によって微妙に模様を変化させていく物です。そして私は以前、あなたの身体に魔法陣を描きました。最初がこれ。それから1年ほど経過してから写しを取りました。それが2枚目のこれ。そして3枚目のこれが、魔王の死体から取った物です」
「死体から… …?」
「ええ、入手するのは非常に困難でしたよ。それに禁術とされる黒魔術も使役しなければならなかったので。宮廷魔術師としてはあってはならない事ですがね、研究者としての知的好奇心が優先しましたな」
あっさりと言ってのけるバルザロは、やはり危険な存在である事は間違いなかった。しかしだからこそ、真実に迫る気迫のような物があった。
「さて、1枚目の模様から、2枚目の模様。魔王の模様に近づいている気がしませんか?」
俺は3枚の紙を見比べる。確かに、素人目にも分かるくらいに、近づいている。
「嘘を突き通す為なら、こんな小道具くらい用意するだろう」
「では、脱いで下さい」
「……何?」
「服を脱いで、魔法陣がどう変化しているのかを見せて下さいと言っているのですよ。気づいていませんでしたか? あなたの身体にはまだ、私の描いた魔法陣が残されております」
俺は絶句する。自分の身体に変な模様が描かれていても、そんな事すら気付けない俺の記憶能力にもそうだが、このバルザロという男の周到さにもだ。
「まあそれでも、あなたの身体に模様を描いて、この過程の紙をでっち上げればいいだけですから、信じないのも結構ですよ。ただその場合は、今私が言った事を自らの字でメモして、この写しも持って帰って頂きたい。鏡で毎日確認していただければ、私の言っていた事が嘘ではなかった事にいつか気づくでしょう。その時、奥さんとお子さんがあなたに殺されていない事を祈るばかりですが」
バルザロの口調は淡々としていて、俺を責める風ではまるでなかった。それが逆に、俺の心を暗く湿った場所に誘った。
「……なら、俺はこれからどうすればいい?」
「最初に言った通りですよ。もう2度と屋敷には戻らない事です。そして再び、人里離れて暮らす事をおすすめします」
俺の中に、魔王がいる。
魔王を倒したつもりでいたが、俺はずっと魔王と戦い続けていた。
この戦いに終わりはあるのか?
あるとすれば、それは俺の「死」以外の何だと言うんだ?
自問は好ましい解答を得られず、ただふわふわと俺の空虚な頭を漂った。もう終わらせるべきなのだろうか。この洞々たる冒険と、記憶の牢獄に閉じ込められた栄誉と罪に終止符を打つべきなのか。
「1つだけ、方法があります」
静かに歩く女が、剣を手にした。
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