第12話 真相
「まあ、覚えているはずがありませんな」
挑発と受け取って良いのだろうか。
見た所、魔術師としては高位のようだが、足運びは隙だらけだ。剣を抜いてただぶった斬るだけなら2秒もかからない。だが後ろにいるカリマという女は厄介だと直感が告げている。それは別にしても、まずはもう少し話を聞いてみよう。
「魔王討伐の旅に出る時、あなたはあなたが育った修道院で、司祭から『何か特別な力』があると言われました。それは覚えていますかな?」
「ああ。魔王を倒せるのは俺だけだと聞いた」
「大変結構。しかしその力の詳細までは教わらなかった。司祭はおそらく知っていたんでしょうがね。既に亡くなっているので確かめようもないですが」
「……何が言いたい?」
凄む俺の視線を躱して、バルザロは自分のペースで語る。
「共感する力。それは我々凡人にもある力です。悲しんでいる人には同情するし、楽しい雰囲気に口数は多くなる。苦労、尊敬、そして希望と絶望。しかしあなたの共感する力は、あなたの中だけで完結せずに近くの人に伝播する。人は自然とあなたを助けたいと思い、あなたが憎む者に共通の憎悪を覚える。技の覚えは早く、身につけた技術をすぐに人に教えられる。勇者の資質です」
大層な才能だが、記憶障害を負った今では大して役に立ちそうにない。1日経てば何もかも忘れる。そんな事よりも重要なのは、先ほどのバルザロの言葉だ。
「それで、どうして俺が2度とミルラの所へ帰れないんだ?」
「あなたが帰りたがらないからですよ」
まるで意味が分からない。手紙の主も分かった事だし、今すぐこの不毛な会話を打ち切って、屋敷に戻ったって俺は構わない。
「『何か特別な力』を持っているのは、あなた1人じゃない。そして『共感する力』を持つ者同士は、より強く結びつき、それを『共有する力』に変化させる」
バルザロは俺を指さしてそう言った。「共有」という言葉に思い当たる節があった。
「あなたの子、息子さんか娘さんかは知りませんが、その子も同じ能力を持っている。力は遺伝するのですよ。親から子へ。子から孫へ。受け継がれていく物なのです」
「ミルラに関する記憶が戻ったのは……」
意識せずにそう口に出すと、バルザロは微笑んだ。
「察しが良くて助かります。それはあなたの記憶が戻ったのではなく、子供と記憶を共有しているのです。だからこそ顔を思い出せる。その証拠に、ミルラと初めて出会った時の事は覚えていないでしょう?」
くやしいが、バルザロの言う通りだった。俺は確かにミルラを思い出した。しかし、どこでいつ出会ったのかは覚えていない。ただ漠然と愛情があり、知った顔であり、名前も覚えているだけだ。
「ここまで言えば、あなたはもう気づくはずです」
俺はじっとバルザロの顔を睨む。哀れんでいるようにも、嘲っているようにも見える。しかしその実こいつは、俺に対してそれらの感情は抱いていない。研究対象として、興味深いだけなのだ。それだけは分かった。
「俺だけが魔王を倒せたのは、魔王にも同じ力があったからだ」
俺は孤児だった。父親も母親も知らない。
「そう、そして魔王はあなたの……」
「やめろ!!」
俺は叫ぶと同時に剣を抜いた。カリマがバルザロの前に出て、俺に立ちはだかる。分かっている。暴力では解決しない。汗が流れる。俺はより強く剣を握る。
「私は何度かトルイ様と接触し、身体に魔法陣を書いたり、このカリマを側に置いたりしながら能力の研究を進めました。ここから先が重要なのです。分かりますかな?」
バルザロに怯む様子はない。俺には既に分かってしまっている。
俺が屋敷に帰れない理由。ミルラと一緒にいられない理由。
「魔王はまだ、完全に倒されていない。居場所は……」
勇者が剣を向けるべき相手は、たった1人。
「俺の頭の中だ」
少しの沈黙の後、バルザロは言う。
「魔王討伐直後、トルイ様は私にこう告げました。『魔王を倒した時、邪悪な意思が頭の中に流れ込んでくるのが分かった。このままでは俺の身体と心はいつか乗っ取られるかもしれない』。それから私はトルイ様の頭から魔王のみを消し去る術を開発しました。ですがそれは、半分しか成功しなかった」
「記憶は、代償か」
「ええ。魔王の意志は大きく抑制されましたが、同時にあなたの記憶能力は破壊された。しかし、あなたにとってはむしろそれも都合が良かった」
「……俺はわざと忘れたのか? 魔王……いや、父親の事を」
バルザロは答える。
「それからあなたは森の奥に潜んで暮らし始めました。全てを忘れていた方が、幸福だと考えたからです。だが、あなたは戻ってきてしまった。あろう事か、家族まで持ってしまった」
俺は目を閉じる。地獄のように熱い液体が、頬を伝って零れていた。
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