第5話 記憶と記録

『俺はトルイ。勇者だった。記憶がない。新しい事を覚えられない』

『魔王は倒したが世界は平和にならなかった。この世界にはまだ悪がいる』

『よって俺が新たなる魔王となる事にした。ロードワースは俺の右腕だ』


 そして4枚目。


『図書館で3冊の本を借りろ。タイトルは「支配からの脱却」「我輩の闘争」「人を使う術」』


 この4枚のメモを持って、俺は世界最大の図書館がある街にいた。となれば、する行動はたった1つだ。


 仮面を被り、その上からフードも被ると、いよいよ見た目は不審者になる。実際、この格好で人通りの多い道を歩くのには勇気がいるし、衛兵に警戒されているのは何となく分かる。


 そんな俺に対しても知識の門戸は開かれている。

 中に入ると、文字の海が俺を迎えた。俺は昔から本が好きだが、メモに書いてある3冊の本は読んだ覚えがない。何故借りるのかも分からないが、読んでみたら何か答えが分かるかもしれない。今俺の置かれている状況に対する答えが、得られるかもしれない。


 しかし長居は無用だ。じっくり探している暇はない。たまたま通りかかった司書に声をかけ、4枚目のメモをそのまま見せた。


 その青年司書は、最初俺の格好を見て怪しんでいた。一言も喋らず、メモを差し出す俺を見て逃げようか悩んでいるようだった。しかしそのタイトルを見ると、俺の顔を仮面の上から良く見た。そして、


「もしかして、トルイ様……ですか?」


 何故バレたのか。顔は隠しているし、声も発していない。


「以前にもこの3冊借りられましたよね? というか、僕が勧めたんですけど」


 と、青年司書が俺の記憶を確認するように言ってきたが、当然俺には何の事だか分からない。困惑しつつそれを表現する手段もなく黙っていると、青年司書は続けた。


「この3冊を返却された時にも、僕裏にいたんですよ。受け付けたのは僕ではない司書だったんですけど、トルイ様だとは気づいていないみたいでしたよ」


 借りた時の記憶も返した時の記憶もないので、何とも言えないが、少なくとも彼は魔王である自分に敵意を持っているようではなかった。しかし確かめてみる必要はある。


「……衛兵を呼ばないのか?」

「ああ。トルイ様が反体制組織を立ち上げたのには正直驚きましたが、別に良い事だと思いますよ。新魔王軍というと聞こえは悪いですけど、今は不安定な時代ですし、面白い流れかなと」


 随分理解のある男だ。いやそれとも、本人を前に気を使って合わせてくれているのだろうか。


 まあいい。いずれにしても、さっさと本を手に入れて戻ろう。こっそり裏で衛兵を呼ばれても面倒だ。


「しかし3冊とも同じ本をまた借りるっていうのは珍しいですね。そこまで気に入ったのなら書店に行かれては?」

「考えておく」皮肉だ。

「まあ僕としては、勇者トルイ様も利用されている図書館というのは誇らしい事ですけどね。誰に対しても平等に、人類の知識を教えてくれる。そこが本の最高に素晴らしい所だと思いますし」


 よく喋る男だ。仕事に対する意欲があるのは結構だが、今はさっさとその仕事をして欲しい。そう思っていた俺の考えは、次の一言で変わった。


「本を返された時に捨てていかれたメモがありまして、実は僕、それ取っておいてるんですよ」


 メモ。


「本当はいけない事なんですけど、内容も内容だったんで、もしかしたら何か使えるかなと思って。司書の癖なんですかね、何か書かれていると、扱いが慎重になるというか。ましてやあの勇者トルイ様の物ですからなおさら……」

「それ、まだ持ってるか?」

「ええ、もちろんですよ。必要ですか?」



―――



 状況は理解出来た。納得はしていないが、今は俺が国の敵となって、魔王として君臨しているらしい。民の為という大義名分こそあれど、俺は勇者だ。魔王を既に倒したからと言って、その役目を放棄して自分が魔王になるのは違和感がある。記憶がなくても、心がそう言っている。


 ロードワースは信頼出来る男だ。

 記憶はそう言っている。


 それなら、俺の手元にあるこのメモは何だ?


『ミルラが本物であるかを証明する。ロードワースの裏切りに気をつける』


 そしてそこに追加で、『俺はこのメモを1度捨てた』と書いてある。捨てたのならどうやって再度手に入れたかまでは分からないが、このメモから分かる事は2つある。


 1つは、その時の俺はロードワースを疑っていたという事。誰かの助言によるものなのか、それとも自発的な物なのかは分からない。だが、少なくともその時点のロードワースには俺に疑われるような点があった。


 もう1つは、俺は「ミルラ」という人物を探していたという事。それが誰かは分からない。何をしたのか、何をされたのかも分からない。しかし俺がわざわざ名前を書く人物だ。重要な人物なのだろう。ロードワースと同様に。


 俺は今、再びロードワースを疑っている。出来る事なら彼の潔白を証明したい。残念な結果になったとしても、俺は確証を持ってこのメモを燃やしたい。


 だが、それが俺に出来るか? 記憶を持たない俺が、ロードワースにバレないように彼を確かめる事が出来るのか?


 俺に出来るのか?

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