第4話 共感する力

「共感する力」

「……何だって?」

「他者をより深く理解し、自身を追体験させる力とでも言い換えられますかな。我々一般人にも備わっていますが、トルイ様のそれは人とは違う。並外れた学習能力とカリスマ性は、この『共感する力』に由来する副産物のような物です」


 バルザロの言っている1つ1つの言葉の意味は理解出来たが、いまいち腑に落ちないというか、記憶がないからだろうか、はっきり言って全然分からなかった。


「トルイ様ご自身は記憶と共にその力の扱い方もお忘れになっている。上手く使えば王にもなれる力ですが、残念ですな」


「それで結局、カリマはどうするんだ?」

 ロードワースが苛立ちを隠さずに尋ねた。


「お好きにしたらよろしい。もう目的は果たしましたので」

 そう言うと、バルザロは本当にカリマに一瞥もくれずに部屋を出て行った。


「共感する力……」

 口に出してみてもまだしっくりと来ない。バルザロが嘘をついたのか、あるいは意図的に何かの情報を隠しているのか。推測は自由だが1つも確証は得られない。


「嘘ではないと思うぜ」と、ロードワース。「お前はどんな技術もすぐに覚えた。剣、弓、魔法、薬の調合やら馬のしつけに至るまで、少しやり方を見てから自分でやってみるとあっさり出来ちまう。旅の後半になればなるほどそうだった」


 それら全ての経験を忘れているとなると、確かにバルザロの言う通り残念だ。まさに宝の持ち腐れという奴だろう。


「『何か特別な力』。俺にとってはその才能の事だけだと思っていたが、まだ何かあるかもな」

「何か?」

「魔王城に入ってからの事は俺も知らん」

「どうして?」


 沈黙するロードワース。思いもよらない人物が口を開いた。


「その前に裏切ったから」


 カリマだった。バルザロと再会しても一言も発さず、目の前で見捨てられてるというのに何の感情も表さなかった女が、ここに来て突然喋ったのだ。少なくとも俺は驚いた。


「おい、立場を分かっているのか?」

 ロードワースが尋ねる。手にはまだナイフが握られている。


 カリマは俺に向けて続ける。

「1年前、私はミルラを偽ってあなたの旅に同行した。その道中でロードワースに出会い、彼は私を出し抜いた。そうしてあなたを信用させると、自分の目的の為にあなたを騙し、利用している。今も」


 ロードワースは呆れ顔でカリマを見ている。もちろん俺には初耳の話で、それが事実なら……。


「トルイ、まさかこの女の話を真に受けてる訳じゃないよな?」

 俺はロードワースとカリマを交互に見る。印象だけで言えば、どちらも嘘を言っているようには見えない。

「状況で考えろトルイ。この女の生殺与奪は今俺らの手に握られている。助かる為ならどんな嘘だってつくさ。俺とお前を仲間割れさせるなんて、分かりやすい方法じゃないか」


 言われてみれば、確かにそうだ。


「それに何だ? 俺の目的ってのは。親友を利用してでも達成しようとしている目的なんて……」


 カリマがロードワースの話を遮った。

「死霊術の禁書。恋人を冥界から呼び戻す為に必要なのでは?」


 ロードワースの顔色が変わった。


「伝説上にしか存在しない本でも、王家が所有している事をあなたは知っている」


 眉を釣り上げ、うつむき気味に笑っている。その表情からは、ロードワースが今何を考えているかは分からない。

「まあ確かに。正直に言えば、興味がない訳じゃない」


 ロードワースがナイフをしまった。

「で、証拠は? 俺がトルイを裏切り、嵌め、騙し、利用しているという証拠は何かあるのか?」


 カリマは再び沈黙する。

「証拠を思い出したら遠慮なく言ってくれ。しばらくお前の身柄は預かる。トルイ、帰るぞ」



―――



 これでいいのか?

 初めて浮かんだ疑問なのに、いつも考えている気がする。


 藁にすがる気持ちでメモを読む。そこには今俺がすべき事が書かれているが、これを書いた俺を、果たして俺は信用していいのか?


 そこを疑い始めればキリがなく、答えは一生出ない。


 日記をつけるのは危険だ。他に頼りのない俺はそればかりを読んで、次へと動けなくなる。そして頭の中を紙に残す行為は、他人にそれを利用される危険性を含む。


 俺がこうなってしまった以上、他人を頼らずに生きていく事は難しい。必要なのは信頼出来る仲間であり、ロードワースはそれに値する。


 だが、これでいいのか?


 俺は俺の行動に確信を持ちたい。


 理屈ではなく、気分的な問題なのかもしれない。しかし記憶が頼りにならない以上、気分を重視しなければならない。


 地下に1人、女を捕まえている。兵士が喋っているのをさっき聞いた。カリマ、知らない名だが、少し話してみたくなった。これも気分的な物だ。


 階段を下る。


 地下牢に繋がれたカリマという女は、俺を見るなりこう言った。

「今から言う3冊の本を、あの図書館で借りなさい」

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