第13話 発覚
「トルイ、見せたい物がある」
世界一の図書館がある街にやって来て早々に、ロードワースが俺に耳打ちした。自称ミルラには聞こえないようにしている所から考えると、ミルラの真偽に関する事であるのは確実だ。
前の俺が残したメモによれば、今は魔王軍残党討伐の旅の途中であり、同行するのは昔からの仲間であるロードワースと、命の恩人であるミルラの2人。ただし、ミルラには偽者疑惑があり、ロードワースには裏切り者疑惑がある。という状況らしい。
「あの女に図書館に寄ると言ってくれ。借りてた本を返すと言えば怪しまれない」
疑惑こそあるものの、ロードワースは自称ミルラが偽者である事を証明出来る自信があるようだった。まさか図書館で襲ってくる事も無いだろうし、俺はその提案に乗る事にした。
「ミルラ、宿を取る前に図書館に寄ろう。本を返しておきたい」
自称ミルラに怪しんでいる様子はなかった。かといって納得している様子でもない。というかこの女の表情から感情を読み取るのは不可能に近い。否定や拒絶はしなかったので、一緒に図書館へ向かう事になった。
受付にて借りていた3冊の本を返すと、それを受け取った青年司書は、俺の顔を指さして少し驚いているようだった。
「勇者トルイ様ですよね? 私です。覚えていますか?」
当然覚えていないが、彼には少しも非が無いのではっきり言えず、曖昧な苦笑いで返した。
「あの、ほら、この本を進めた者ですよ。つい1ヶ月くらい前にお会いしたばかりで……」
そう説明されてもピンと来ないので、俺もへらへらするしかなかったが、隣にいたロードワースが助け舟を出してくれた。
「覚えの良い優秀な司書君、1つ頼みがあるんだが、この本を探してきてくれないか? 1冊だけ蔵書されているはずだ」
そう言って、紙を1枚伏せて渡す。青年司書がその紙をめくろうとしたが、「おっと」と言ってそれを止め、裏で見るように手振りで促す。
「何を企んでいるんだ?」
俺が聞いたが、本当にそう聞きたかったのは自称ミルラの方だろう。
「何、ちょっと珍しい本があるんだよ。俺の知り合い、というかお前の知り合いでもあるんだが……」
ロードワースは余裕たっぷりに言うが、その視線は決して自称ミルラから外さない。
「そいつは俺達の旅の元々仲間だった。魔術師なんだが絵が得意でね。旅で訪れた場所の風景や、魔獣の絵、人物画、何でも描いた。で、それを一冊の本にまとめてこの図書館に寄贈したのさ」
昔の仲間、多分名前を言われても覚えていないだろう。旅に出た段階では俺の仲間はロードワースの1人だった。
「本物かと見紛うばかりに写実的な画風で、特に人の顔の特徴を捉えるのが上手かった」
青年司書が、書庫から本を持って来た。その本は非常に分厚く、タイトルは「各地の領主達とその家族」と書いてあった。
「誰が描いてあると思う?」
ロードワースの質問の先は、俺ではなかった。
「どこの領主の、どの娘が描かれていると思う? 言ってみろよ、『ミルラ・カドハンス』さん」
その瞬間、自称ミルラ、いや、カリマが前足で俺を蹴り上げた。奇襲自体には反応出来た。俺はミルラの足を反射的に掴み、回転させて転ばせようとした。が、カリマは俺がかけようとした回転と「全く同じ方向の回転」をかけ、俺の手を振り払った。その勢いを利用し、もう片方の足で俺のバランスを崩し、結果としてロードワースと自称ミルラの間を塞いでしまった。
何故俺の「次の」動きを読めた? 答えはすぐに出た。俺とカリマは、前に1度戦っている。
その一手が、ロードワースが弓を構えるのを数秒遅らせた。
カリマが駆け出す。ロードワースはその背中に向けて矢を放とうとしたが、ここは図書館であり、他にも利用者はいる。カリマは巧みに他の人間を盾にし、更に距離を取った。
「待て!」
駆け出そうとした俺を、ロードワースが引き止めた。
「あの速さ、俺とお前じゃ追い付けない」
「だがお前には弓が!」
「いや、あいつを今捕まえるより重要な事がある」
ロードワースが俺の頭を指さした。
「これで分かっただろ? あいつは偽者だった。素性も知れている。メモに書いておかないと、追っている最中にまた俺が疑われるのはごめんだ」
確かに、そうだ。今俺が持っているメモを、次の俺が見たらまた振り出しに戻る事になる。
「ちなみに絵描きがどうのって話は嘘だ。この本は確かに各地を治める領主の名前なんかが載ってるが、絵までは載ってない。鎌をかけてみたんだが、上手くいったようだ」
ロードワースはこういう男なのだ。だから頼りになる。
俺は新しいメモを用意し、その場でこう書いた。
「バルザロの助手カリマが、ミルラを偽って旅に同行していた。本物のミルラに会いに行け」
それから「ミルラが本物であるかを証明する。ロードワースの裏切りに気をつける」と書かれたメモは処分した。燃やすにも図書館なので火が無く、破いて捨てるしか無い。
「ふむ。そう書いたって事は、バルザロを糾弾するより先に本物のミルラの所に行くんだな?」
ロードワースの確認に、俺はメモの言葉を反芻しながら答える。
「恩がある。それに、何か大切な事を忘れている気がする」
それは俺の正直な気持ちでもあったが、俺が俺に向けた皮肉のような物でもあった。
全てを忘れてしまう俺にだって、忘れたく無い事があるはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます