第14話 誘拐
「ロードワース!」
目の前を歩く男に声をかけた。その背中には見覚えがある。昔ながらの仲間だ。これから旅に出るんだ。この世界を滅ぼす魔王を討伐する為に。
「トルイ。……記憶が切れたか?」
何の事を言っているか分からない俺の胸を、ロードワースが指さす。
そこからメモを取り出し、俺の持つ最後の記憶と、目の前の成長したロードワースとの差を埋めていく。
「これからミルラに会いに行く。そこに書いてある、お前にとっての命の恩人だ」
「どこに行くんだ?」
「ああ、いや、既に呼んであるんだ」
ロードワースについていくと、周囲の景色は段々と暗い路地裏になっていった。怪しげな商売人や、道にござを敷いた乞食がいる。慣れた様子で歩くロードワースに、俺は尋ねる。
「ロードワース、本当にこんな所にミルラを呼び出したのか?」
「ああ、信じてくれ。俺が裏切った事があるか?」
無い。
ロードワースは昔から、いつだって俺の力になってくれた。
そして辿りついたのは、一見ただの廃屋だった。看板も何も出ていないので、宿でも酒場でもないようだが、人が生活している風でもなかった。今にも取り壊されそうな、オンボロな建物だ。
ロードワースは周囲の目を気にしながら、俺の疑問に答えるように言う。
「バルザロとカリマがどこから襲って来るか分からないからな。出来るだけ人目につかない所で合流するようにしたんだ」
その名前はメモに書いてあった。俺の記憶が不完全なのを良い事に、ミルラを偽って騙していたらしい。
「さあ、中へ」
ロードワースが廃屋の扉を開ける。俺は言われるがまま、中へ入る。
暗闇だ。
背後で扉の閉まる音がした。ロードワースも一緒に中に入ってきている。
それと、部屋の中に俺達2人以外にも何人かの人がいるのに気配で気づいた。ミルラだろうか。
「トルイ」
ロードワースが俺の名を呼ぶ。
「お前はもう忘れているだろうから、少し昔話をしてやる」
いつもの、いや、昔のロードワースの口調ではない。
「旅に出発する前は、俺達の力は一緒くらいだった。でもお前には才能があった。『何か特別な力』だ。お前は選ばれた者だった。俺とは違ってな」
言葉は雨に濡れたように重い。
「気づけばお前は誰よりも強くなった。『何か特別な力』があったからだ。そして追い詰められた魔王軍は、メリルダを人質に取った」
メリルダ。聞き覚えのない名前だったが、ロードワースがその名前を口にした時、そこに愛情のようなニュアンスが含まれていた。
「お前を裏切った時、俺には良心の呵責はなかった。お前が勝つのは分かっていたからな」
裏切り? ロードワースが? まさか。信じられない。
「だから今も、後悔はない。……緊張はしているがな」
暗闇に眼が慣れてくると、そこに複数の人間がいるのに気づいた。
ここまで来れば俺でも気づく。
「トルイ、俺達は仲間だ。これまでも、これからも」
―――
全身が痛い。
視界が横になっている。
目の前には血と、死体がいくつか。
「あ、あ」
声を出してみる。するとロードワースが俺を覗き込んできた。
「もう目が覚めやがった」
そして1発。頭がぶん殴られる。
意識が遠のく。
―――
全身が痛い。
視界は真っ暗だ。
何かを言おうとするが、口に紐を噛まされている。
特に右腕と左足が特に痛く、おそらく骨が折れている。
身動きが取れないから確認のしようがない。何かで縛られているらしい。
だが、この状況の中で1番最悪なのは、俺にはこうなった経緯が一切記憶に無いという事だ。
―――
全身が痛い。
何かに揺られているようだ。
袋のような物に入っているらしい。
外から声がするが、何を話しているかは分からない。
―――
全身が痛い。
目隠しが外れると、目の前にロードワースがいた。
記憶よりも成長したその姿に、歳月の経過を感じる。
「トルイ。調子はどうだ?」
「良くはない、な」
右腕と左足が異様に痛く、熱を持っている。腫れている所から見ても、骨折は確実だ。
「こっちの方は?」
ロードワースが頭を指した。
言われてみれば、何も覚えてない。
「説明してやるよ。それとメモも用意したから、必要だと思った事は書きとめるといい」
ロードワースも俺と同じように怪我をしているようだった。右目と右手に包帯を巻いている。
「その前に、出来ればこの拘束を解いてもらいたいんだが」
俺がそう言うと、ロードワースは首を横に振った。
両足を椅子に括り付けられ、右腕は折れてるにも関わらず鎖で繋がれて、それから首輪で後ろが振り向けない。
「それはお前の返答次第だな。なに、時間はたっぷりあるし、何度でもやり直せる。さあ、ペンを取れ」
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