第12話 帰宅
その小屋は、森のちょうど中心にあり、森の入り口から繋がった道の終着地点でもあった。魔獣を探している時は、あえて人が使うような道は避け、目撃情報を頼りに森の深い所を探索していたので、1度様子を見に行った時以外、近寄る事はなく、その時も人がいる気配は無かった。
近くの村の人間の話では、その小屋には数年前から騎士を引退した人物が住んでいるらしく、時折若い騎士が訪れに行く以外は、来客もほとんど無いらしい。
しかし魔獣を退治した今となっては、その引退した騎士とやらがとても怪しい。例え留守でも、中まで調べる価値があると判断した。言うまでもなく、判断したのは俺ではなく自称ミルラの方だが、ロードワースもこれには異論を唱えなかった。
「先に言っておくが、俺には魔獣を育てられるような魔力はないし、知識もないからな」
「分かっています。ですから協力者がいると私は見ています。協力者自身を見つけるか、繋がりを証明する何かが見つかれば、貴方の裏切りが証明されます」
「そんな物は見つからない」
「探してみなければ分かりません」
ロードワースには裏切り者の疑いが。そして自称ミルラには偽物の疑いがかかっているようだった。前回までの俺はどちらにも確証が持てず、決断を先送りにしたようだ。迷惑な話だが、誤った判断を下すよりマシなのは確かだ。
まずは小屋の周りをぐるりと回る。その時、ロードワースが「妙な臭いがしないか?」と言ったが、俺には分からなかった。ロードワースは人一倍鼻がきく。自称ミルラは無視を決め込んでいた。
「中に入ってみよう」
かかっていた鍵を剣の柄で壊す。やはり小屋の主は不在のようだ。物が少なく、机と椅子と本棚と暖炉くらいしかない。台所の方はというと、干し肉とカビの生えたパン、芽の出た野菜などが無造作に置かれていた。つい最近まで人が生活していたようだが、少なくともここ数日は戻ってないようだ。
本棚には図鑑の類や魔術書も何冊かあった。そして物語や、歴史書の類も。雑多なラインナップから、人物像を想像するのは難しい。
「さあ、この何もない小屋の一体どこに俺との繋がりがある?」
ロードワースの挑発に、自称ミルラは無視するかと思いきや答えた。
「ここに確実にあると言った記憶はありません。魔獣を扱うような魔術師が住んでいた家にも見えませんし、ここは無関係のようですね」
「ふん、じゃあどうやってその魔術師を探すって言うんだ」
「人が住めそうな場所をこの森の中から探すしかないでしょうね」
「どれくらいかかるんだ。もしかして時間稼ぎでもしているのか?」
「お知り合いの魔術師を見つけられたくないのですか?」
また喧嘩が始まりそうだったので、俺が指揮を執る。
「とにかく、ここが関係ないのは確かだ。森の中にいくつか洞窟のような場所があるようだから、そこを重点的に探してみよう」
渋々納得する2人を連れて小屋から出ると、ロードワースが言った。
「やはり何か臭いがする」
辺りを注意深く見回すロードワース。自称ミルラはその一挙手一投足を注意深く観察している。
「何の臭いだ?」
「これは……死臭だ」
俺も鼻を利かしてみるが、分からない。
「トルイ様」
自称ミルラが俺を呼び、地面を指さした。目を凝らして見ると、その部分だけ色が変わっていた。近づいてよく見る。ロードワースが先に気づいた。
「血、だな」
そこから、引きずった跡が点々とあった。それをたどって行くと、木と木の間に3つ、土が大きく盛ってある場所があった。
「掘り返すぞ」
この時点で、俺を含めて3人全員がそこから何が出てくるか察していた。しかし出てきたのはただの死体ではなかった。
魔王軍の残党の死体だ。仮面を被っており、黒い鎧を着ている。その内の1人は魔王が書いたと言われる「我輩の闘争」を懐に入れていた。3人とも見るも無残な殺され方で、1人は腹を刺され、1人は首を捻られ、1人は胴体で真っ二つに分かれている。戦闘が行われたのは確実だ。
「おそらく、こいつらが魔獣を育てていたんだろう」
ロードワースはそう言ったが、それだと疑問が残る。
「待て、そうなるとこいつらは誰に殺されたんだ?」
「育てていた魔獣を制御しきれなくなったんじゃないか?」
「いや、この傷は明らかに人の手によるものだ。それも相当な手練れが複数人。死体を隠したのもそいつらだ」
「仲間割れ、か」
「その中にあなたがいたのでは?」
あくまでも疑念の刃を向け続けるミルラに対し、ロードワースが反論する。
「だとしたら何故わざわざ自分で隠した死体を見つけるような真似をする?」
「それが信頼を得る為の手ですか?」
また一触即発の空気になる。とにかく俺が仕切らなければ。
「2人とも落ち着いてくれ。この残党達が何故殺されたのか、殺した奴がどこに行ったのかは分からないが、とにかく今は魔獣を育てた奴を探すんだ。あと3日、この森を探して見つからなければ城に戻る。それからミルラの件の疑念を晴らそう。それでいいな?」
「ああ……」「トルイ様に従います」
ひとまずその場を収め、旅を続ける。きっと記憶を失う前の俺も、こうして仲間達を束ねていたのだろう。
それにしても、酷い死体だ。
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