第11話 偽者と裏切り者

 ミルラが剣の柄に手をかけた。ほぼ同時にロードワースも短剣を抜く。

 

「2人共落ち着け!」


 俺が間に入っていなければ、2人は互いに切りかかっていただろう。その位に殺気立っていた。


「この女を信用するのか? トルイ」

 と尋ねてくるロードワース。

「1度裏切った者は信用出来ません。トルイ様」

 と断言するミルラ。


 今の俺に分かっている事を整理しよう。


 ロードワースは、確かに俺の友人だ。かつて魔王討伐の旅に同行してくれたし、とても良い奴だ。しかし俺の持っている本には、ロードワースは裏切り者だと書いてある。この本が偽物だとは思えないし、ロードワース自身も先ほど裏切りを認めた。

 そしてミルラは、というか自称ミルラは、その裏切り者のロードワースから別人であると証言された。しかしその証言自体の信憑性を、自称ミルラは否定している。裏切り者の言う事など信用するなという訳だ。


 2人の言い分は分かる。だが、どちらの意見が正しいのかを判断する基準が俺にはない。

 そこで俺は提案する。


「仲間になろう」


 自称ミルラもロードワースも、同程度に俺の言っている言葉の意味が分からないようだった。

「ミルラが偽者か、ロードワースが裏切り者か、一緒に旅すれば分かる。そうだろ?」


「こんな得体の知れない女と旅だって?」

「寝首をかかれるかもしれません」

「それはこっちの……」


 また言い争いが始まりそうだったので、俺は手で2人を遠ざける。

「待ってくれ2人共。ここは頼むから俺に従ってくれないか」


「お言葉ですが」と、自称ミルラが言う。「今のトルイ様に正常な判断基準があるとは思えません」


 その通りだ。


「だからこそ、どちらも信用出来ない。時間をかけて見極めさせてくれ」


「ああ、それがいい」と、ロードワース。「なら一旦城に戻ろう。そうすれば、この女がミルラではなくカリマである事を証明するのは容易い」


 ロードワースの提案は理に適っている。自称ミルラは全く動じずに言う。

「私はそれでも構いませんが、もっと手っ取り早い方法が1つあります」

「何だ?」

「この魔獣に魔力を提供していた人物を探す事です」


 ミルラが魔獣の死体を指さした。

 魔獣とは、その名の通り魔力を注ぎ込まれて育てられた獣の事だ。魔力なしでは生きていけない生物である為、魔獣がいる以上、その近くには魔力の提供主がいる。魔王軍はかつて、この魔獣を使って非常に強力な軍隊を作り上げた。

 元々この国では魔獣を育てる事が禁止されているが、魔王軍の残党がそんな命令に素直に従うはずがない。だからこそ俺達はこの森に来た。


「何故魔力の提供者を見つけると、君がミルラである事が証明されるんだ?」

 俺の質問を自称ミルラは否定する。

「私が本物である事は証明出来ませんが、ロードワースが魔王軍の残党に今もなお加担している事は証明されます。それはつまり、彼の発言が嘘である事の証明となります」


「詭弁だな」

 と、ロードワースは威圧を隠さずに続ける。

「もちろん俺は残党の奴らに加担などしていないが、百歩譲ってそうだとしても、お前はミルラじゃない。その証明は別問題だ。そのメモに書いておけ、トルイ。『ミルラが本物であるかを証明する』とな」


 これに関しては、ロードワースの言葉に一理ある。


「今すぐ書け。そのメモは肌身離さず持っているんだろ? それを書かれただけでこの女にとっては致命傷のはずだ。今すぐに俺達を襲って来るかもしれん。返り討ちだが」


 自称ミルラは黙ったまま、しかしいつもよりも倍は鋭い眼でロードワースを睨みつけていた。

 俺はペンとインクを取り出し、新たなメモを書く。自称ミルラが襲って来る様子はない。


『ミルラが本物であるかを証明する』


 これでもし今すぐに俺の記憶が消えても、次の俺がミルラの真偽を確認するように動くはずだ。だが問題は『ミルラは命の恩人だ』と書かれた方のメモ。これは残しておくべきか、否か。


「本物のミルラの方に何か借りがあるんだろ? それは残しておけ」

 と、ロードワースは言った。


「トルイ様、同じメモに『ロードワースの裏切りに気をつける』とも書いてください」


 自称ミルラのこの提案に、ロードワースは激しく怒りをぶつけたが、再び俺が宥めた。判断の出来ない俺の目線においての公平を成立させる為、ミルラの言葉も書いた。


「まずはこの魔獣の主を探そう。決着はそれからだ」


 ひとまず、「仲間になる」という事で話は纏まった。まだどちらの疑惑も晴れていない事が気がかりではあるが、ロードワースは間違いなく戦力になるし、俺としても知っている顔がいてくれるのは心強い。


 それにしても、口論の最中においても自称ミルラの口調は至って平坦で、この女がもし偽者だとすると、よっぽどの度胸だ。


 歩き始めてからしばらくして、ロードワースがかつて俺を裏切ったという事実が、胸を締め付け始めた。幼馴染に裏切られるとは、悲しすぎて出来れば忘れたい事だ。いや、俺は忘れたのか。あえて書き残さずに、良い思い出だけを残したのか。

 俺がロードワースに、「2度と近づくな」と言ったのはきっと本当の事だ。懐かしくなって、裏切りを誰かに教えられて再び失望するなんて、人生でそう何度も味わいたい物じゃない。


 だが、向き合わなければいけないのだろう。俺は新たに加えたメモを見ながら、距離を取って歩く2人の出来るだけ中間で歩いた。

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