第10話 旧友

 ロードワースは、俺がまだ物心つく前からの友人で、最も信頼のおける旅の仲間で、そして右に出る者のいない長弓の達人だった。その集中力は凄まじく、子供の時、野犬に足を噛まれながらも空を飛ぶ鳥を撃ち抜いたのを俺は見た。


 魔王討伐の旅にも当然のようについてきた。俺は剣術の修行だけで手一杯で、弓が下手くそだったので、遠距離攻撃の出来る者が必要だろうとロードワース本人が同行を希望した覚えがある。つまり魔王討伐の旅は、俺とロードワースの2人で始めた事だった。


 そんな男が、俺の記憶よりも遥かに成長した姿で目の前に立っている。再会の感動は郷愁となって俺の胸を貫いた。


「トルイ!」

「ロードワース!」


 思わず熱く抱擁を交わしてしまった。


「一体どうしたんだトルイ、こんな所で!」

「お前こそだ。弓の腕は衰えていないな!」

「魔獣の討伐だよ。この森の近くの村に古い知り合いがいてな、狩りを頼まれたんだ」

「そうか。俺も魔王軍の残党狩りでこの森に入ったらしい、同じ獲物を狙っていたみたいだな」


 一瞬、ロードワースの顔が曇った気がした。だが、込み上げて来る懐かしさの前では取るに足らない事だ。旅の記臆こそないが、経過した年月は実感としてある。これは頭ではなく心の問題だ。


「らしいって事は、記憶の方はまだ治らないのか?」

 ロードワースの質問に、俺は無言で肯定を返す。

「ふむ。まあその内何とかなるさ。今夜は再会を祝して、乾杯といこうじゃないか」


 このひたすらな前向き思考も変わっていない。同じ村で共に育ち、同じ志を持って旅に出たあの時のロードワースそのままだ。


「おう!」

「お待ちください」


 旧友との再会に、横槍を刺したのはミルラだった。

 すっかり存在を忘れていた事に申し訳なく思い、俺の方から紹介する。


「彼女はミルラ。残党狩りの旅に同行してもらってる。命の恩人でもある」

「ミルラ? 近衛兵隊所属のミルラ・カドハンスか?」

「ああ、そうだ」

「いや、待てトルイ。こいつは、ミルラじゃない」


 ロードワースの発言に、無味無臭の沈黙が流れた。俺には発言の意味がまだ分かっていなかったが、彼には確信があるようだった。


「1度だけだが、会った事がある。カドハンス家の娘だったはずだが、こいつとは別人だ」

「何だって?」

「別人だ。こいつはミルラじゃない」


 先ほども聞いた台詞。記憶はまだ保っている。


「……じゃあ、誰だって言うんだ?」

「……どこかで見た事がある。いつだったか、確か城だ」


 ロードワースも懸命に思い出そうとしている。俺も一応努力はしてみるが、恐らく無駄だろう。頼りになるのはメモだけだ。


「思い出したぞ!お前は確か、魔術師バルザロの所の助手で、確か名前が……カリマだ。カリマという女だ」


 ミルラ、いや、カリマが、口を開いた。


「トルイ様、彼は信頼出来ません」

「何を言い出す。俺はトルイの幼馴染で旅の仲間だぞ。トルイもそれを覚えて……」

「確かにあなたはトルイ様の幼馴染で旅の仲間です。しかし、裏切り者でもあります」


 カリマ、いや、ミルラ、いや、その女は俺に向き直り言う。


「彼は旅の途中で魔王軍の誘いに乗って裏切り、貴方の情報を敵に流し、罠にかけようとしました。あなたはお忘れでしょうが、これは紛れもない事実です。それでも魔王の討伐に成功したあなたは、彼を許しましたが、2度と近づかないようにと約束させました」


「嘘をつくな!どこにそんな証拠がある!」


 感情的に反論するロードワース。確かに、彼がそんな事をするなんて信じられない。ましてやミルラだかカリマだか分からない女の言っている事だ。信用しろという方が難しい。


「トルイ様の鞄の中に、図書館で借りた本が入っています。『支配からの脱却』というタイトルです。その筆者が元魔王軍であり、ロードワースを引き入れた張本人です」


「デタラメを言うな!」


 声を荒げるロードワースとは対照的に、ミルラは淡々としている。


「疑うのであれば、お確かめください」

「トルイ!こんな女の言う事など聞くな!」

「本を開けば分かる事です」


 そしてまた沈黙。しかし先ほどの沈黙よりもきな臭くなっている。


「とりあえず、落ち着こう。まず本を確認させてくれ。それからでも遅くない」


 俺がそう言うと、ロードワースはそれを強く拒否しなかったが、不服なようだった。


 確かに女の言う通り、俺の鞄の中には本が入っていた。そしてしおりを挟んであったページには、筆者がロードワースを引き入れた経緯が細かく書かれていた。それによれば、魔王軍はロードワースの恋人を人質に取り、脅迫したのだという。ロードワースは最初取引を拒否したが、恋人の指を切って送りつけると、協力するようになったと言う。この行いを筆者は後悔していると書かれてあったが、後にロードワースはこの筆者の片腕を奪っている。


「彼は裏切り者です。ですから信用出来ません。私はカリマなどという女ではありません。彼は再びトルイ様を罠に陥れようとしているのです」


 これを受け、ロードワースは観念したように、しかしミルラを責める語調は緩めずに言う。


「……確かに、俺が1度トルイを裏切った事は認めよう。しかしだ、それはもう過ぎた事だ。今は魔王軍はもうないし、脅迫される種もない。何故ならあいつはもう死んだからな。今はただ友人の1人としてお前の味方になりたいと思っている。この女は偽物だ。ミルラじゃない」


「魔獣に襲われかけている所を突然に現れるなんて出来すぎています」

「目的が同じだったのだから十分あり得る事だ。お前がミルラであるなら証拠を出せ」

「この紋章が証拠です」

「そんな物は本物のミルラから奪ったに決まっている」

「ではその証拠は?」

「いいや、お前が証拠を出すのが先だ」


 俺は一体、どちらを信じればいいんだ?

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