第7話 相棒

 覚えが無いとはいえ、一応自分は勇者だ。多くの人に顔を知られているし、それは魔王の残党狩りという仕事において致命的な足枷となる場合もある。


 残党の中にはかつて俺に叩き伏せられた人間も多くおり、彼らは当然恨みを持っている。街を歩いていて後ろから刺されない為にはフード付きの外套はこの旅において手放せないアイテムだ。


 髭もわざと伸ばして、普通の民にもバレないように配慮しているが、そのせいで風貌がかなり怪しくなり、多少怪訝な目で見られるのは仕方のない事だろう。


 その点、ミルラがいてくれるのは非常に助かる。彼女の見た目は俺の怪しさを中和して余りある程度に美しく、頭の回転も早いので交渉も調査もスムーズに進む。誰に対しても一定の距離を取って対応するのはトラブルに巻き込まれにくい。俺に対しても同じ距離感なのは少し寂しい気もするが、背に腹は変えられない


 今日で旅に出てから1週間が経つ。らしい。資料に書いてある日付が正しければだが。


 俺は今、路地裏で待機している。奥に1件の酒場があり、噂ではそこのマスターが魔王崇拝者で、残党の一員か、あるいは残党との強力なコネクションがあるらしい。


 首都からそう離れていないこの街で、堂々と店を構えてやっているのだとしたら相当な度胸だ。王国の騎士など返り討ちにする自信があるという事だろうか。


 俺はミルラが残していったメモを確認する。


「大きな音がしたら入ってきてください。ミルラ」


 とだけ書かれている。待っている間に記憶を失った時用のメモだが、幸いな事にまだ記憶は残っている。アバウトな指示だが、これ以上の説明もされていない。彼女は非常に無口だ。


 穏便に済むならそれに越した事はないが、残党が「あたり」なら穏便に済むはずはない。まあ、いずれにしても俺は……。


 ガシャン!  ガラスの割れる大きな音がした。剣を握りながら、助走をつけ、酒場のお扉を体当たりでぶち破る。中では既にミルラが戦っており、敵は1人がぶっ倒れ、カウンターの向こう側にいたマスターらしき人物は鼻から出る血を抑えていた。



―――



 何だ?

 ふと気づくと、そこは酒場だった。呑みにでも来たのだろうかと思ったが、どうも様子がおかしい。目の前では眼鏡をかけた女が周りの男を片手の剣で打ち伏せ、男達が怒号を飛ばしていた。


「勇者だ!」


 誰かがそう叫び、俺の方を指さした。事態が全く飲み込めてない俺は、反射的に後ろを振り返ったが、そこには誰もおらず、壊れた扉があるだけだった。


 視線を前に戻すと、すぐ鼻の先まで酒瓶が飛んで来ていた。中身がまだ半分ほど残っている。銘柄はアルド・ヴァン・サルバイン農場のブランデー。色味からして、水で少し薄めているのではないか、と思った瞬間には、剣でそれを叩き割っていた。


 続けざまに、火のついたマッチが2本、俺に向かって投げられた。酒瓶を割ったせいで手が酒で濡れている。グローブをマッチにわざと当てて火をつけると、手に持っていた剣の柄を利用してそれを引き抜き、その火のついたグローブを、酒瓶を投げつけて来た男に投げ返した。


 ここまで2秒弱といった所。考えるより先に身体が動いたので、俺の頭はまだ混乱状態にある。


 酒場の中にいる人間の数は15人。うち7人が立ち上がっていて、4人が座ったままで、1人が倒れ、1人が酔い潰れ、1人は鼻血を出したマスターで、1人は例の眼鏡の女だ。誰が敵で誰が味方かは分からない。

 しかし立ち上がっている人間のほとんどがこちらに敵意を向けているようだった。で、俺は何をすればいいんだ?


「殺さないように戦ってください!」


 女が俺に向かって叫んだ。叫んでいるのに、そこにいまいち感情が伴っていないような気がする。だが少なくとも敵意はないようで、俺は棍棒で殴りかかって来た男を蹴り飛ばした。


 それから約1分間、俺は向かってくる者を全て倒した。女は逃げようとした者のみを捕まえて、同じく倒した。気にせずに呑んでいる連中は放っておいた。


 女の言った通りに、1人も殺さずに戦った。基本は殴って気絶させるか、手の腱を切った。


「で、君は一体誰なんだ?」


 戦闘が終わり、気絶している男達を見回しながら俺が尋ねると、女は素っ気なく答えた。


「メモを読んでください」


 外套の内側にそれが入っているのに気づき、俺はそれを読む。


「私がミルラです。トルイ様と一緒にこうして残党狩りをしています」


 俺が事態をようやく飲み込んだ頃、騒ぎを聞きつけたのか、何名か、この街の衛兵が酒場にドタドタと入って来た。


 事情はミルラがほとんど説明し、その間の俺はというと、俺が勇者である事に気付いた兵士数名と握手を交わしていた。俺の知らない俺の戦いについて感想を求められたが、苦笑いで誤魔化した。


 酒場にいた連中は、やはりほとんどが魔王崇拝者の連中で、表面上は普通の仕事をしつつ、魔王の復活を画策しているらしかった。とはいえ、その肝心の魔王復活については眉唾物の情報しかなく、証言もいまいち一致しない。もともとゴロツキだったのが、大義名分とコミュニティー維持の為に魔王の名を使っている、というミルラの分析は恐らく正しいだろう。


 命の恩人だけあって、ミルラはなかなか頼りになる。この調子なら、残党狩りの旅は順調に進みそうだ。

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