第5話 身体が覚えている

「旅に出る前にまず腕試しをしたいと仰ったので、我が国の兵士達の中でも腕に覚えのある者を集めました。皆さん伝説の勇者トルイ様と手合わせが出来るという事でやる気満々ですよ」


 ミルラが小声で俺にそう耳打ちした。腕試し、か。戦いから離れて時間が経っているのなら身体は鈍っているだろう。しかし問題なのは記憶の方だ。


 旅に出発する前の修行は覚えているが、そこから先の、実戦で培った力は全て忘れている。魔法は1つも使えないし、俺は別に元々が剣の天才という訳でもない。


 こんな状況で、手練の兵士達相手に腕試しが成立するのだろうか。むしろ失望されて終わるのではと不安に思う。

 そんな俺を他所に、兵士の内の1人が前に出た。


「お願いします!」


 大男が剣を構え、ふしゅうふしゅうと鼻息荒く俺を睨んでいる。緊張しているのか、あるいは何か俺に恨みでもあるのか。力加減を間違えるのだけは勘弁してもらいたい所だ。


 仕方なく、俺は木剣を手に取り、兜を被った。いくら模擬戦とはいえ出発する前から怪我をするのも嫌だ。とはいえ相手は現役の、そして正常な記憶能力を持った兵士だ。骨折の1つくらいは覚悟しておいた方が良いかもしれない。


 そして試合が始まった。俺から動こうにも、実際の人間相手の戦いなんて、それこそ稽古でしか経験がない。正解が分からない。


 黙ったまま構えていると、都合良くか悪くか、相手の方から攻めて来てくれた。


 構えた剣をまずは真っ直ぐに、俺に向かって打ち込んでくる。なかなかのスピードだ。どう動けばかわせるか、いや、こちらも剣で弾こうか。反撃も考えて……あ、フェイントの可能性もあるか。頭が、勝手にそんな事を考えているのに気づいた瞬間、もう俺の手は動いていた。

 俺は剣を横に払い、手の甲に命中させていた。最短距離を全速力で向かってくる相手の、小さな的にだ。俺の放った剣先の速度は、グローブの上からでもかなりのダメージがあったらしく、相手は剣を握っていられなくなった。


「『おおっ!!』」

 控えた兵士達から声があがった。

 ピンポイントに手の甲を狙い打ち、しかもその速度が相手の剣を振り下ろす速度よりも速いとなれば、歓声があがったのも頷ける。自分で自分に感心するくらいだ。


 技術、心構え、実戦での定石やらは俺の頭に全くなく、すっぽり丸ごと抜け落ちてしまっているが、反応速度、剣の振り方、そしてその状況における正解は身体が覚えていて、考えるまでもなく勝手に実行してくれるらしい。


 魔王軍の残党狩りの旅。少なくとも戦闘力については何も悩まずに済みそうだ。

 そう思う一方、一体どれほどの戦いを繰り返したら、こんな人外じみた動きが身に染みつくのだろうかと溜息も出た。


「次は自分が!」


 興奮した1人がずいっと前に出てきた。

 その後ろにはまだまだ、ずらっと並んだ男達。


 ……これ全員を相手にしないといけないのか?



―――



「お疲れでしょう?」

「え?」


 言われると、確かに身体に疲労感があった。何かした覚えはない、というより今日1日に何をしたかも覚えてないが、外はもう暗く、夜のようだった。


「城にいる兵士達を、次から次へと倒していましたから」

「……俺が?」

「あ、と言っても模擬戦ですよ。旅に出るにあたっての腕試しです。ちなみに私はミルラ。近衛兵隊所属です」

 と言って、ミルラと名乗る女は紋章を見せてきた。


「トルイ様、格好良かったですよ。後半は2対1で戦ってましたけど、あの女に受けた一撃以外では、触れさせもしませんでした」

「あの女?」

「カリマという、バルザロの助手です。剣の使い手らしいですが、トルイ様も疲れてなければ余裕で勝てましたよ。何せ1日で延べ100人も相手にしましたから」

 それらの名前にも自分がした行動にも全く覚えはないが、この疲労感は確かにそれくらいの事をしていてもおかしくはない。


「とにかく、これで私も安心して旅に同行出来ます。言っておきますけど、私凄く弱いんです! ……なんだか自慢みたいですね」


 あどけなく笑うミルラの手を、握っている手があった。

 俺の手だ。

 勝手に動いた、というと、ちょっと自分に都合が良すぎるか。


「トルイ様?」


 ミルラが尋ねる。その表情に、今の俺が、いつもの俺ではない事が映っていた。


「実戦経験は?」


 不意に俺の口から出たのは、いかにも妙な言い回しだった。俺も緊張しているのか。戦闘の後で興奮しているのが残っている。そんな気がした。


「ありません……けど」


「……なら、俺の分まで覚えていてくれるか?」


 少しの間があいて、ミルラは小さく俯いた。紅潮している。そして消え入りそうな声で言った。


「それが私の役目です」

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