第1話(アスカside)不可思議な夢
住宅街の中にある一軒の道場。その中に1人少女―不知火アスカが袴姿で静かに精神統一をしている。周囲には外から聞こえる煩わしいセミの鳴き声のみ。
ゆっくりと目を開け、手元に置いていた模造刀を手に取り、慣れた動作で腰元に構え立ち上がる。そのまま一歩踏み込むと同時に模造刀を鞘から抜き、居合のごとく鋭い一撃を放つ。そのまま袈裟切りに移り、返しで水平に切り返す。
深く、そして短く息を吸うと華麗な演武に移る。演武と言っても武術の型にあたる動作。流れるように演武をこなしていく。
刀を使う型にしては珍しく、時折蹴りや相手の攻撃を流すような動作も入る。というのも、彼女の扱う武術は古武術なのだが、合気道や柔道の技だけでなく、空手に近い技まで組み込まれた「臨機応変に戦い方を変える武術」として確立されている。
もっとも、アスカは一応道場の跡取りで指南役にはなってはいるものの、護身術寄りに合気道などの柔の技と刀をはじめとした武器を使った技での立ち回りを選んでおり、空手のような技は基本だけで一応型だけは覚えているというような有様である。
そうした理由について友人から聞かれると「そこまで覚えたら過剰防衛になるから」という現実的な考え方を示している。
ひと通りの演武が終わると、アスカは模造刀を鞘に納めそのまま大きく伸びをする。
「…さてと」
体をほぐしながら道場の中を片付け、そのまま道場脇の自宅に入る。脱衣所へそのまま向かい、シャワーで汗を流す。夏の暑さと演武で火照った体が温めにしたシャワーの丁度良い冷たさが心地よく感じる。
時刻は昼の2時。ここ数年の異常気象で猛暑日が当たり前になるのも珍しくなくなったこのご時世。昔からの行水と言った行動は暑さでまいる体のだるさやクーラーによる冷やし方とは違い、先人たちの知恵が今もこうして役に立つ。
一通り体を冷やし、汗も洗い流したので水を止めようとした瞬間、アスカに突如強い頭痛が襲い掛かる。次の瞬間、少女の視界は一気に漆黒に染まった。
「行かれるのですか?」
巫女服と言ってよい服装に身を包んだ十三、四歳くらいの少女がこちらに声をかけ振り返る。
「心配しないで。いつものことだから」
同じ巫女服を纏った自分と歳の変わらない少女が小さい子をあやすようにやさしく微笑む。
「都の守りをするのが私たちの役目。必要とあれば前に出ないといけないからね」
「ですが…」
「まだ本調子じゃないのだから。ちゃんと休んでないと。ね?」
不安そうな年下の少女に対し、もう一人の少女はにこやかに答える。
「…分かりました。ですが、お気をつけて」
年下の少女は大きな宝石のついた腕輪をもう一人の少女に差し出す。
「分かってる」
もう一人の少女はその腕輪を受け取り、左腕に取り付ける。
「それじゃあ、行ってきます」
「っ!」
気が付くと今もシャワーにうたれたままだった。幸いなことに倒れなかったためどこも強く打ちつけたりしていない。
「…何、今の……夢?」
貧血でないのならそういうことになるが、アスカはいまだに信じることが出来ない。しかも見た夢にどこか懐かしさもあった。
おぼろげでもなく、はっきりと分かる。夕暮れの神社と思われる場所に篝火と何かと戦うための武器一式。それ以外にもあの場所は歴史の授業で習うような古い時代だということも。
着替えが終わり、自室に戻ると机の上に置いてある古い小箱を手に取りあける。そこには夢で見たのと同じ、大きな宝石のついた腕輪が収められていた。
「どうして夢の中でお婆ちゃんからもらったのと同じのが、そっくり出てくるんだろう…」
年期の入ったもので、夢の中で見たものより輝きは鈍くなっているが、さっき見た夢の中の少女と同じように左手に腕輪を付ける。
彼女からしてみれば祖母からもらった古い宝物であり遺品である。今でもこういった品は値打ち品として高額で取引されるだろうが、それだけはやめるよう祖母が亡くなる前に遺言としてはっきり残している。
まだ幼かったためはっきりと覚えていないが、代々この家に伝わっているものということくらいである。
そんなことをすればまず罰当たりであるうえに、親戚にも合う際にアスカはこの腕輪を身に着けている。一応気が向いたら普段の生活でも今のように付けたりしているが。
「考えても分からないものは分からないよね」
そう誰に声をかけるでもなくひとり呟くと、アスカは部屋を後にした。
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