第55話 恋の事実 3
今日もいつものように恋織物を織っている。午前中と午後の開いた時間に、私はせっせと恋織物を織る。特に今は冬で雪は降っていないけれど、外が寒いので部屋に篭もっている。
本当はクレイさんに令嬢としての行儀作法の特訓があるはずなんだけどクレイさんはいつの間にかマイシの行儀作法を教えることになった。
はじめの頃にマイシが、「バロンさんに入れてもらった?」とか、「俺が気持ちよくしようか?」とか言クレイさんに尋ねていた。私はさっさとダニーの後ろに隠れたよ。クレイさんはマイシが何を言っているのか分からないみたいだったけれど、マイシが何度も何度も違う言い方で言ったので性に疎い彼女にも意味が分かったみたい。
クレイさんがプルプル体を震わせて、「お黙り! お仕置きです!」と言って、どこから出したか分かんないけれど長い細い棒を持っていた。マイシもヤバいと思ったらしく、部屋のドアへ行って逃げようとした。なんとすばしっこい。クレイさんにも捕まらない。クレイさんの負け?と思ったがやっぱりクレイさんは強かった。
「マイシ。今すぐここへ戻って、私へきちんと謝罪して下さい」
マイシはニヤニヤして「こいつバカ?」と言う顔で見ている。マイシ、そんなクレイさんの怒りをさらにあおらなくてもいいのに……。私はドキドキしながら二人を見ていた。ダニーも手が震えていた。きっとマイシを注意したいけれど、クレイさんが怖いのかも。それとも二人を止めるべきか葛藤しているのかな? どっちにしろ私とダニーは大人しく部屋の隅にいるべきと思って、ダニーの上着を引っ張る。
ダニーが首を後ろに向いて、私と目が合う。「行かない方がいいよ」と小さい声で言ったら、「ええ、そうします」と返事をして、また目の前で繰り広げられたマイシとクレイさんの戦いを見た。
「分かりました。謝罪がないのでしたら、今夜の晩ご飯はなしと言うことで。そして、神殿の料理長にも決してマイシには何もあげないで下さいと伝えておきます!」
ーー何という台詞なんだろう。今時小学生でもこんなことを言われることないと思う……そんな脅しって聞かないと思う……
。
「えー、嫌だー。メシ食べたいー。謝る、ごめん! でも、気になったんだもん。どうして、入れることを聞いたらいけないんだよー。それよりちゃんとメシ、くれよなー。おばさん!」
マイシ……何度墓穴を掘っているのだろう……。
「うっ、くっ。どうしてこんな子が龍騎士なんですか!? マイシ、あなたの大好きな『メシ!』を『食い』たいのでしたら、今後毎日私と勉強して頂きます!」
クレイさんが燃えているー。
と言うことで、私は毎日とっても平和な日常を過ごしているの? マイシがかわいい顔で、涙を浮かべてかわいく助けを求めてきても無視! 私だって、バロンさんとクレイさんを敵にまわしたくないしね。そんなマイシも週に一回だけ自由時間があるの。その日は朝早くからブラックに乗って出かけて、次の日の昼頃に戻ってくる。マイシはあの島へ行っている。
「龍姫に会わせろ!」
そんな何もない日だと思ったのに……神殿をマイシと散歩していたら、そんな声が聞こえた。
「龍姫様にお会いなさることは出来ません!」
きっと神官の人だと思うけれど断っている声がする。
「黙れ! 私は男爵だ! 龍姫も私の屋敷に泊まったことがある知り合いだ! 妻のことで話すことがあるからこうして、わざわざ王都へ来たのではないか!?」
ーーメリエッシの旦那……。
「私はここにいます」
私は男爵の前に走って行った。
「龍姫様……」
今まで男爵の相手をしていた神官が驚いた顔した後に心配する顔をした。
「きっさっまー」
男爵がいきなり殴りかかろうとした。
「止めろ」
マイシが私の前に立って男爵の腕を握った。
「く、何だー、この女はー?」
「誰が女だって?」
マイシが怒って男爵のお腹に蹴りを入れた。
「あっ、ぐっぐう」
男爵がお腹を抑えながら床へ、座り込む。
「失礼。このような所では何ですので、どうぞ龍屋敷へ来て下さい」
「タケルイ……」
タケルイとタケルイの側近達がいつの間にかそこにいた。
「王子……その女が私に無礼をしたんだー。今すぐに牢へ入れろー」
タケルイの登場で気を良くした男爵がマイシを指差して叫んだ。
「なんだよー、そっちが最初にミーナを殴ろうとしたんじゃないかー」
マイシがまた男爵に蹴りを入れようとしたのをタケルイが「止めろ!」と言って止めさせた。そしてなぜかマイシはその言葉に従っている。でもそんのマイシの気持ちが分かる。タケルイの言葉は支配者の声だった。なぜか従わないといかない気になる。これが王族と言うものなのかもしれない。
「クイ卿、こちらは第三龍騎士です。あなたが龍姫に暴力を加えようとしたことは、後で罰を決めます。どうぞ今は大人しく龍屋敷へ来て下さい」
「こ、こいつが、龍騎士だって……」
男爵が信じられない顔でマイシを見ている。男爵は「クイ」と言う家名らしい。
「では行きましょう」
タケルイが後ろを向いて歩き始めた。そのタケルイの後ろに側近達が続き男爵が歩く。その後ろに何人かの神官達が続く。私とマイシはその神官の後ろをノロノロと歩いた。
龍屋敷の応接間には、神官長とバロンさんと後何人かの神官達がいた。私達が中に入った後にダニーさんが汗をかきながら部屋に来た。きっと男爵を見た神官達がダニーさんを迎えに行ったのかも。私はマイシと一緒に壁側の席に座った。いつもは上座なんだけれど、今回は誰も私にその席を進めなかったので、隅の椅子に座る。私もその席でよかったと思う。タケルイとダニーは、バロンさんと神官長と同じ上座にいる。
「クイ卿、いきなりの訪問どう言うことですか?」
神官長が言った。
「神官長。どうして私の妻が、龍姫を流刑島へ流したと言う罪を受けないといけないのですか?」
男爵が言った。
「それは、龍姫の証言です」
神官長が言う。
「そんな狂言を信じるのですか? 龍姫は自分で勝手に消えて、妻を貶めいれようとしているのですよ! もしあの島へ流されていたのなら、龍姫は今こうしてここにはいないはずです! 皆様も知っているでしょう!? あの島は決して脱獄出来ない所と言うことを!」
男爵が大きな声で言った。
「わ、わたし、狂言なんて言っていない」
私は震えなが言う。そんな私を隣に座っていたマイシがやさしく私の背中を撫でてくれた。
「狂言だ! 女の嫉妬で、前の女を陥れて、怖い女だなー。え? あれか? 王太子が皆の前でメリエッシの方を愛しているって言ったことに嫉妬したのか? そうだよなー、王太子が愛する人がこの世にいるのは、辛いよなあ。いくら体を縛っていても、気持ちが他の女にあるなんて耐えられないよなあー」
男爵がニヤニヤした顔で言った。私の目から涙が出てきた。
ーー皆、皆国民は、私のことをそんな風に見ているの?
「黙れ! クイ卿! 私はミーナを愛している。メリエッシを愛していたと思ったがそれが違うことに気付いた。私のミーナへの愛を貴様と話す義務はない! ミーナは確かにあの島にいた。そして、その島で第三の龍騎士と出会い、龍によって脱出したんだ。ミーナが狂言なんて言っていない。なんならマイシと一緒にあの島へ行ってみるか?」
タケルイが怒った声で言った。
「ま、マイシ……」
男爵が顔を青くして、震えた声で言った。
「ああ、マイシって俺の名前。かっこいいだろう? じっちゃんの名前を貰ったんだー。じっちゃんって、この国の騎士だったんだぞー。すげーだろう? でも、何かある男爵と言う名前の人の所へ妻殺しの調査で行ったら、眠らされて、いつの間にか舟の中にいたんだって。それで、あの島に流されたんだってー。じっちゃんが、そう言っていたー」
マイシが明るい声でじっちゃんの話をいつものようにする。
「……」
男爵がさっきよりさらに顔色を悪くして震えてる。ここからでも、男爵の顔が汗まみれなのが見える。
「マイシ、騎士……」
震えているのは、男爵だけじゃなかった。バロンさんも震えて、マイシの名前と騎士と言う言葉を何度か呟いた。そしてマイシの前に立った。
「そ、それはいつの話だー。そのお前のじっちゃんは、いつ島へ行ったんだ!?」
バロンさんが座っているマイシの両肩を掴んで、切羽詰まった声でマイシに聞いた。
「はあ!? あっ、えと、俺の生まれた年。だから十六年前?」
マイシが答えた。
「う、嘘だー。それこそ狂言だー。そんな犯罪者が龍騎士なんてなれるはずがない!」
男爵が叫んでいる。
「だまれ!」
タケルイが男爵に怒鳴ったら、「ヒー」と言う男爵の声が聞こえた。
「本当だって! 俺、嘘なんて言ってねー。じっちゃんは、騎士だったんだー。立派な騎士なんだー。ほら、見てみろ!」
マイシは自分の来ている上着の裾を少し曲げて、あの騎士の勲章を外した。
「ほらー、これはじっちゃんの勲章だぞー。じっちゃんは騎士の勲章を見せびらかすのが嫌いだから、かねては服の後ろに着けていたんだって。だから、舟で流された時もその勲章をバレないで、取られなかったんだって言っていたんだー」
マイシが自慢そうに言った。
「それ、見せてみろ!」
バロンさんが勢いよくマイシの手から勲章を取り上げた。
「オイ、勝手に取るなよ。それは、あげないからなー」
とマイシが言っている。
「こ、これは、父上の勲章だ……ほら、国の騎士の勲章の番号が、父上の番号と一緒だ……」
バロンさんがそう言って、涙を流しながら床に跪いてその勲章を大事に胸の方に持って行った。
「……父上はこの騎士だった。十六年前、男爵の、クイ卿の第に二婦人の死が不自然なことに気がついて、クイ卿の館へ調査をしに行った。そして何日か後に、父上が崖から転落して死亡したとクイ卿から国に連絡が来た……父上は流刑へ流されていたのですね……クイ卿、一体これはどう言うことですか?」
バロンさんがゆっくり立ち上がって、男爵の方を見て言った。
「……ヒー、私は、知らない。そんなこと、知らない。その男の狂言だー」
男爵がマイシを差して言った。
「クイ卿を城の牢へお連れしろ。これは騎士殺し及び、龍姫殺しの罪で詰問する!」
タケルイが大きな声で側近に命令した。
「王太子様、これは何かの間違えです! 龍姫のことは、妻が勝手にしたことです。私には関係ないことです。あの女は悪女! 私まで巻き込まれた被害者です!」
何人かの神官兵達が男爵を拘束して、部屋から連れ出した。
部屋の中はしばらく静かだった。
「バロンさん」
私は椅子に座って、勲章を見ているバロンさんに声をかけた。
「ミーナ。俺は小さい時から父上に騎士になるように育てられた……」
バロンさんが静かに話始めた。
ーーだからバロンさんは、あんなたくましい体系をしているんだ……。
やっと納得出来た。
「でも俺は神官になりたく、家を飛び出し勝手に神官になった。神官になった俺に、父上は何も言わなかった。でも、きっと落胆していたと思うぞ」
バロンさんが息を吸って言った。
「父上の死を知って、俺は始めて神官になったことに後悔したんだ。だが、今、俺が神官になった理由が分かったんだ。神は、こうなることを知っていたんだな。俺は、父上の恨みをはらすことが出来る。だが、それよりも、父上があの島へ流されたのも神の意志と分かる。龍騎士を育てるためだったんだな……」
私達はただ静かにバロンさんの話を聞いている。
「マイシ。お前は俺の父上の立派な名前を貰った。その名前に恥ずかしくないように俺が立派な龍騎士にしてやる! 俺のことも今日からは、父上と呼べ! この勲章に恥ずかしくないように特訓するぞ! マイシ、行くぞ!」
バロンさんがいきなり立ち上がって、何がなんだか状況を理解していないマイシを引っ張って部屋から出て行った。
私達も何がなんだか分からず、しばらくそこに立っていた。
「ミーナ」
タケルイが私の前に立って言った。
「私は、ミーナを愛している。本当なんだ。メリエッシのことは愛していない。私が本当に愛しているのは、ミーナなんだ」
私はタケルイの顔を見つめた。
「はい。知っています。私も……タケルイのこと……」
「タケルイ。別にこんな大勢の人がいる中で、告白するのはどうかと思いますよ」
ダニーがタケルイの背中をバシンと叩いて言った。
ーーきゃー、私って何をしているの? 恥ずかしい……。
「ダニー、わざとですか? それより何で背中を叩かれないといけないのですか?」
タケルイがダニーに言った。
「なぜでしょうねえ」
ダニーがニヤニヤして言った。
「ぎゃー」
外からマイシの声が聞こえた。きっと、父親に目覚めたバロンさんにものすごい特訓を受けているのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。