第54話 恋の事実 2

 マイシの部屋に案内したら部屋の前で固まっていた。私がマイシの部屋だよと言って中へ入るように進める。マイシはしばらく中を恐る恐る見て回っていた。ベットを触ったり窓ガラスを触ったりしていた。でも、さっきのように「すげー、すげー」と言わなかった。

 マイシが一通り部屋を見た後に、窓を開けて外を眺めていた。マイシがずっとそうしていたので不思議に思ってマイシに声をかける。


「マイシ、どうしたの?」


 マイシは何も答えなかった。私はマイシの横に行って、マイシの顔を見つめる。


 マイシが泣いていた。声を出さずに、涙が頬に流れていた。


「ま、マイシ、どうしたの!?」


「外の世界は、こんなに綺麗だったんだな……食べ物もおいしいし……俺は、こんな世界を知らない方がよかった……」


「えっ、どう言うこと!?」


 私にはマイシの言っている言葉の意味が分からない。


「……俺は、俺は、どうして、あの島に生まれたんだろう……どうして、どうして。外の世界には小さい子供達が遊んでいる。無邪気に遊んでいる! 女は、女は、外に平気で出ている!

 だ、誰も、人を襲っていない! な、なぜなんだ! なぜ、俺はあの島で生まれたんだ! なあ、ミーナ? 教えてくれ!? どうして俺の兄弟やお姉ちゃんや妹達は、あんな島に生まれたんだ! あんな島に生まれたから、あんな島に生まれたから死なないといけなかったんだぞ! 俺達が犯罪者の子供だからか!?

 じっちゃんは、俺達には親の罪はないと言っていた。俺もそう思っていた。思っていたけど、思っていたけど……俺は、俺達はやっぱり犯罪者の子供だったから、あんな島で生きないといけなかったんだな。犯罪者の子供だったから、こんな綺麗な世界へ行くことを許されなかったんだな。俺は、こんな事実を知りたくなかった。外の世界がこんな世界だったなんて、知りたくなかった……」


 マイシが顔の涙を拭きながら言った。


「マイシ……」


 私はマイシの腕を握った。じゃないとマイシがどっかへ行ってしまう気がした。


「ミーナ、俺、やっぱり、外の世界に合っていないよ。俺は犯罪者の子供だから、あの島へ戻る。ミーナ、外の世界へ連れて来てくれて……ありがとう」


 マイシがそう言って、窓から飛び降りようとした。


「ちょ、ちょっと、待って! マイシ、ここ、二階よ!」


 マイシが猿なのを知っていたので、私はマイシの腰に腕を巻いて力づくで止める。


「オイ、バカなことを言うのではない!」


 私の後ろにバロンさんとダニーがいた。二人共マイシの話を聞いていたみたい。


「えっ!?」


 マイシがバロンさんに聞いた。


「お前はマイシって言う名前を騎士のじっちゃんから貰ったんだろ!? じっちゃんは犯罪者の悪い人だったのか?」


 バロンさんがマイシに怒鳴った。


「じっちゃんは、犯罪者じゃねえー。じっちゃんは騙されてあの島へ流されたんだ!」


「騙されて……? まあ、じっちゃんのことは、また後でだ。マイシは、じっちゃんに育てられたとダニーから聞いた」


「ああ、じっちゃんが俺達赤ちゃんを育ててくれたんだ!」


 私はダニーにマイシのことを全部話していた。


「じゃあ、お前は犯罪者の子供じゃなくて、じっちゃんの子供だ。騎士の子供だ」


「あっ、俺はじっちゃんの子供。騎士の子供……」


 マイシがバロンさんの話を聞いたから私はマイシから離れる。もう二度と逃げることがないと核心したから。


「そうだ、お前は騎士になる。俺がお前を立派な騎士にしてやる。分かったな!」


「えっ!?」


「明日から勉強だ! 俺も腕がなる。これほどの奴を教育するのは始めてだ!」


 なぜかバロンさんの目がキラキラ光っている。マイシもまだバロンさんのすごさを知らないから、うれしそうにしている。


「確かにお前の兄弟達はかわいそうなことだったが、この外でもそんな小さい子供達がたくさんいるんだ。だから、お前がこれからそんな子供が増えないように守っていけばいい」


「そ、そうなんだ。お、俺、立派な騎士になって、みんなを助ける!」


マイシが大きな声で言った。


 次の日の夕方には、げっそりやつれたマイシがいた。それに反して、生き生きしたバロンさんがいた。



 それからの私の生活はとってもゆっくりして幸せだった。朝は三龍騎士と朝食を食べて私とタケルイはサファイアに会いに行く。どうもサファイアが龍の中でも一番甘えっ子の性格だ。


 マイシはバロンさんのことを「魔獣だー」とブツブツ文句を言っているけれど、毎日きちんとバロンさんと勉強している。そして、タケルイとタケルイの側近達に剣術を習っている。マイシはすばしっこいので、中々筋がいいとタケルイが言っていた。マイシは街へ行きたいみたいだけれど、まだバロンさんから許可を貰っていないので、私とマイシは昼に神殿の中を探索した。


 でも毎日行く場所が決まっているのもちろん、そこは『キッチン』キッチンで使用人達が作る料理に興味があるみたい。初めは匂いにつられてキッチンへ行った。キッチンで「すげー、すげー」と言っている美少女を料理長が気に言って、マイシは今はキッチンのアイドルだ。


 皆いろいろ試食をすすめ食べ物をくれる。もちろんマイシは、どれも「おいしー、すげー」と褒めるからだ。マイシに昼食入らないよと注意したけれど、マイシはちゃんと昼食を食べていた。お変わりもしていた。どうしてあんなに食べて、あんなに痩せているのかと思う。


 美奈の時は羨ましかったけれど、ミーユの体もあんまり太らない。これは龍姫として成長が止まったから、太ることもなくなったでは?と思う。バロンさんに聞いたらそうかもしれないと言っていた。だからと言って、食事をしないと痩せる。不思議現象中。


 タケルイはまさに缶詰め状態。側近達がぴったりくっ付いて、タケルイに息をする暇も与えない。タケルイは文句を言っているけれど、自業自得。タケルイの仕事がかなり溜まっているみたい。側近達がかなりしていたけど、タケルイしか出来ないことがあるらしい。だから、こうして朝二人でサファイアに会いに行くことは、タケルイの息抜きになっている。

 ダニーは相変わらず。朝食の後に、実家へ行く。前は、ユライやコリーの話を私にすることがあったけど、やっぱり私があまり二人のことを聞きたくないと気付いた。今は街で流行っている話題を夕食前に二人で窓辺に座った時に話す。私はもう二度とユライとコリーに会わないと決めた。きっと、あの二人といくら話しても分かち合えない。あの二人は最初から私を敵視していたから……。



「ミーナ。これを貰って欲しい」


 年明けの何日か経った朝の散歩で、タケルイが私の手の平に何かを握らせた。


「これは?」


 手の平に一粒の桃色で出来た真珠のネックレスがあった。


「ああ私はヨイさんの屋敷で働いた時の報酬として、その真珠を貰ったんだ。ヨイさんは真珠の養殖で有名な商会なんだよ。どう気に入ってもらえた? 私はミーナに着けてもらいたい。肌身離さず着けて欲しい」


 タケルイが私の顔を伺って聞いた。


「うん。綺麗でかわいい。タケルイ、タケルイ、ありがとう。大切にするね。肌身離さずに着けて大事にするね。わ、私のために、ありがとう」


 目から涙が出そうだったけれど、ここで泣いたらいけない。笑ってタケルイに嬉しさを伝えないと。


「私、うれしい。ありがとう」


 ちゃんと笑顔でお礼を言えたと思う。本当はタケルイにどこへも行って欲しくない。タケルイがいてくれたら、ネックレスなんていらなかかったのに。でもそれだったらタケルイは自分に納得しなかったと思う。


「ミーナが喜んでくれたから、よかった」


 タケルイがにっこり笑った。タケルイは失踪から戻って忙しくしている。仕事のことか、メリエッシのことか分からないけれど毎日忙しくしており、少しやつれている。以前のような、少年の自身さがなくなった変わりに大人の慎重さが出てきた。行動にも言動にも、以前の軽はずみな言い方がなくなった。これを一皮脱げたと言うのかもしれない。私は嬉しいようでなぜか寂しい気持ちがした。


 タケルイや他の人達は、あまり私にメリエッシのことを話さない。メリエッシが私を眠らせて、あの島へ流したと言う事実証拠は私の証言しかなく公に罰することが出来ないとタケルイが私に謝った。今は証拠を集めているらしい。メリエッシが男爵との結婚を決めて、その犯罪を犯すまでの期間が短すぎると言っていた。

 そんな短期間であの島のことや、薬をどうやって手に入れることが出来るのか?など、疑問点が多いらしい。どうもこの世界で、あのような眠り薬はそう簡単に手に入るものじゃないみたい。結局メリエッシは男爵の領土から一生出ないことに決まった。それを知っている人は身内しかいない。これはタケルイの情けだった。メリエッシはきっとあんな男爵と一緒に過ごすことの方が地獄だと思うので、私もその判断が正しいと思う。

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